その248

キルトログ、怪談話を聞く(2)

 ナナー・ミーゴは子供たちを魔法の家に閉じ込め、去った。騒いでも外には聞こえないという。唯一の出口である扉には魔法の鍵がかかっている。スターオニオンズが脱出するには絶望的な状況だった(注1)

「落ち着け、落ち着くんだ!」

 そういう団長の声こそ震えていた。永久に出られないかもしれないという恐怖感だけではない。オバケが出る、という噂にみな青ざめていた。オバケの正体は、カラハ・バルハの残留思念かもしれないし、性悪なモンスターかもしれない。オバケなんているはずはない、泥棒ミスラの嘘に決まっている、と団長は叫んだ。とはいえ夜中にサルタバルタを歩いたことがあったら、彼の言い方も変わっていたことだろう。

 そのとき、ことりと物音がした。

 団長がぎゃあと言って跳び上がった。

 たまねぎ頭をした副官の一人――パポ・ホッポという名である――が歩いて確かめにいった。部屋の隅に木箱が山積みになっており、埃と蜘蛛の巣をたっぷり被っている。ハ、ハと彼は切れ切れに笑い、どうやら音がしたのは、隙間から風が吹き込んでいるからですよ、と言う。もし隙間が大きいものならば、彼らが潜ることも可能かもしれない。

 言うなり彼は、ぎゃあああと叫んで駆け出した。

 息を切らす彼を全員が囲んだ。ハポ・ホッポは木箱の方を指差して、震えながら言葉を搾り出す。し、したい、と言う。したい?

 それまで沈黙を守っていたピチチちゃんが、ぼそりと呟いた。
「シタイって……死んだ人?」

 一同は息を飲み込んで、そのまま凍り付いてしまった。家屋に死体と閉じ込められている。扉は開かない! 嗚呼それは、考えるだに恐ろしい状況ではないか!

 ピチチちゃんが木箱の方へ向かって、とことこと歩き出した。「危ないよ!」と団長が声をかけたが、彼女は意に介さなかった。

「死んだ人なら危なくないよ?」

 いつもはぽうっとしている娘だが、見事な切り返しだった。見上げたことに、本当に怖いと感じていないらしい。これには団長も困ってしまった。

「そ、そうだけど、オバケが出るかもしれないし……」

「オバケなら、死んでないもの」

 彼女は歩を進めた。またごとりと、さっきより確実に大きな音がして、全員がすくみあがった。音は木箱の中から聞こえてくるのだった。死体は怖い。動く死体はもっと怖い。「あっ」と小さな声をあげて、ピチチちゃんが立ち止まった。そのとき唐突に、蓋がバン、と内側から跳ね上がった!
 
 子供たちは腹の底から絶叫した。約1名を除く。

スターオニオンズ
 
「それ、何だったと思う、お前」
 団長はにやにや笑いながら言った。
「そいつのおかげで、僕たちは出られたんだがな!」

 スターオニオンズ団が血相を変えて逃げ出し、部屋の隅にひとつになって、がたがたと震えているなか、ピチチちゃんは「そいつ」に一礼した。臆するどころか、にこにこと笑っている。「わーい、生き返った!」と喜んでいるのだった。大したむすめだ。

 「そいつ」は、丸っこい手を左右に振り動かして、こう言った。

「ワタシ☆ハ オバケ デハ アリマ☆セン」

 ピチチちゃんは、懐中から球を取り出した。ナナー・ミーゴが盗み出した宝物で、スターオニオンズの戦利品となった球だ。彼女はひどくそれを気に入り、ずっと手放さないでいる。さっき声をあげて立ち止まったのは、何故か木箱に近づいてみると、その球が突然ぴかぴか光り始めたからだった。

「ワタシ☆ハ…… ジョーカー デス。カーディアン☆ジョーカー デス」


「何と、カカシだったというわけさ。ピチチちゃんはしきりに、オバケさん、オバケさんと呼んでたけどね。かのじょ、まだジョーカーっていう名前に納得してないみたいだよ」

 オバケさんはオバケさんでよかったのに、とピチチちゃんは隣で呟いた。団長は続けた。

「そのジョーカーだけれど、ピチチちゃんが尋ねたら、家がないっていうんだ。少なくとも、あそこが自分ちじゃないらしいんだな。どこに住んでたか覚えてないって。だから、彼女が連れてきちゃった。仕方なくスターオニオンズの団員にしたんだよ」

 くだんのジョーカーは今、どこにいるのだろう。私は周囲を見渡した。

「カーディアンが大人に見つかっちゃったら、手の院に連れてかれちゃうからなあ。このことは内緒だぜ」

 団長は指を立てた。隠そうにも場所がない。もしかして、彼の立っている木箱の下に押し込んでいるのか。

「せっかくあの家のカギを持ってきてもらったのに、悪かったな!」


 私は掌の中にあるものを眺めた。鍵を持っていったつもりはなかった。魔法の家はカラハ・バルハの持ち家である。彼は元院長すなわち博士だった。博士の家は、院長だけが持つ指輪でしか開かないらしい。ということは、この古い指輪が、院長の持ち物ということなのだった。

 これを手に入れたのは、確かオズトロヤ城だった。アジド・マルジドが倒れていた部屋に転がっていた。彼の落し物だろうと思って拾い、それっきり忘れていた。院長の指輪だから合っているようにも見えるが、古いというのがおかしい。緑青(ろくしょう)がびっしりと浮いてぼろぼろになっている。少なくとも現役の院長ならもう少し新しいものを持つであろう。

 指輪の持ち主は誰なのだろうか。
 どうしてあの場所に落ちていたのか。

 カーディアンについてもよくわからない。ジョーカー。その名前から、特別なカカシなのだろうと想像がつくが、一体どんな役割を持つのだろう。偶然にピチチちゃんの魔導球で蘇ったが、英雄の家の木箱に押し込められていた理由は何なのだろう。

 私は首を捻りながら、オニオンズのアジトを後にするのだった。


注1
「ナナー・ミーゴに殺意があったかどうかは微妙である。悪党のナナー・ミーゴは殺人を辞さないかもしれないが、6人の子供を餓死させるという後味の悪い手段には出るまい。彼女と子供たちが扉越しに話したことから「音が外には漏れない」というのが嘘だとわかる。従って、彼らが騒げば助けの来る可能性があった。おそらく「ちょっと懲らしめてやりたかった」というのが本音だろうと思う」
(Kiltrog談)

(04.05.02)
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