その256 キルトログ、ヤグードの松明を手に入れる 魔晶石・ミノ石を携えて、ジュノへ戻った。挨拶をしてKaliと別れた。のんびり休んでいる暇はない。今度はオズトロヤ城、あるいはダボイへ行く準備をしなくてはならないのだ。 街を歩く間、私はふたつのことについて考えていた。 魔晶石の記憶。ラオグリムとは、失踪したという先代の語り部である。彼の代理を務めていたウェライが、転生の旅に出たことは周知の通りである。語り部がミスリル銃士隊だったとは知らなかった。バベンは知っている。コーネリアも。もっとも私の知己であるおてんば娘は、まだ生きているし、年齢的にも合わない。同名の異人と考えるべきだろう。たとえ血縁関係があったにしても。 そして、フィックである。私はマックビクスの店を訪れた。 マックビクスはゴブリンの老商人で、人類と獣人族のはざまで長年暮らしてきた。酸いも甘いも噛み分けている。だから人間に対して――あるいは獣人に対しても――ずいぶん冷めたところがある。もっとも、彼の歳では無理のないことだ。クリスタル戦争時の記憶は、価値観の根幹にどっしり根を下ろしてしまっている。今さら平等主義に鞍替えは出来ない。我々は思想からそれほど自由ではないのだ。 「オズトロヤ城に行きたいのじゃと!」 魔晶石の奪取について悟られるわけにはいかない。幸い老ゴブリンは、それ以上何も尋ねてはこなかった。 「まあ、お前さんが傷つこうと死のうと、わしの知ったことではないがな・・・。奥へ入るには、ヤグードの松明が必要じゃぞ」 何なら、ギデアスにあるものをかっぱらってこようかと思った。その浅はかな考えを見透かしたように、マックビクスは注釈を加えた。ヤグードの松明とは、ソロムグ原野の木を使って作られた特製のもので、普通の松明では役に立たない。何でも秘密の扉を開くために必要なのだそうだ。 マックビクスは商売人である。ヤグードとの取引もしている。何とかならないかと聞くと、今は手元に切らしているが、フィックなら予備を持っているかもしれん、という。 そこへ当のゴブリンがぺたぺたとやって来た。噂をすれば何とやら。 「マックじい。フィック、オズトロヤ城へ行ってこようと思う」 私は内心どきりとしたが、マックビクスは涼しい顔で顎を撫でている。 「はて、何も用事を頼んだ覚えはないがの」 「最近フェレーナ元気ない。フィックその理由知ってる。街の外で獣人が騒がしいから。 だからフィック、オズトロヤ城へ行って、これ以上騒がないように頼んでくる。 きっと外にいる獣人たちも、フィックみたいに姉ちゃんたちと仲良くなれるはず。フィックそう信じている」 私は思った。フィックの声には抑揚がないのに、優しく聞こえる。本人の性格のせいだろうか。 「そうか」マックビクスは小さく頷いた。「きっと、そうじゃな」 「じゃあ、行ってくる」 「フィック」 「何だ、マックじい」 「松明をひとつ、この人にやってくれんか」 「おやすいごようだ」 「それから、フィック」 「ん?」 「気をつけるんじゃぞ」 「心配ない、うまく話してくるから」 フィックは行ってしまった。彼が扉の向こうに消えてから、老ゴブリンは、きせるの煙をぷうーと噴き出した。 「・・・わしらの代はどうしても、かつての争いの記憶が生々しく、お前さんたち人間との間に、溝を作ってしまうものだが」 壺の縁にきせるを打ち付けて、灰を落とす。 「それも、フィックの代には埋まるかもしれんの。埋めようとせんと埋まらない溝じゃが」 私は頷いた。 扉が開いて、フェレーナが入ってきた。 「フィックを見なかった?」小さく息を切らせている。 オズトロヤ城へ出かけたよ、と老ゴブリンが言うと、彼女は顔を曇らせる。さっき冒険者が獣人狩りをしているという話を聞いたの。街にいるならまだしも――もしダンジョンで彼らに出くわしたら、悪い獣人と間違われて、襲われてしまうかもしれない。だから危険よっていつも言ってるのに! 「仕方ないよ、あの子は――わしもじゃが――実際に獣人なんじゃしな」 マックビクスはさばさばと言った。 「ここでは、あの子もわしもよそ者に過ぎん。オズトロヤ城に行ってもそうじゃが、それでもここより幾分かはましじゃろうな」 ゴブリンの忌憚ない意見を聞いて、少しショックを受けたらしいフェレーナは、心配だわ、心配だわと呟きながら出て行ってしまった。 マックビクスが、きせるで扉の方を指差した。 「あの娘は人間でありながら、獣人にしか感じられぬものを感じ取れるようじゃ・・・。あるいは、あの娘とフィックが、新たな橋をかけてくれるかもしれんぞ。 あの娘の力を利用しようとする輩もおるようじゃがな」 どういう意味だ、と私は尋ねた。老ゴブリンは枯れ木のような笑い声をあげた。 「ほほほ、ちと喋りすぎたの」 私は店を出た。まだ時間がある。ベドーの旅から戻ったばかりで強行軍になるが、今一度仲間たちの力を借り、もう一つ魔晶石を奪ってくることにしよう。 (04.05.09) |
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