その259 キルトログ、魔晶石の記憶を見る(2) 「この魔法を、『召喚』と名づけたいと思っています」 タルタルの魔道士が魔道書を抱え、梯子を降りてきた。本棚は数メートルの高さに及び、壁という壁、棚という棚が本で埋まっている。彼はこれらの知識をすべて自分のものにしたのだろうか。 「ショウカン……ですか」 星の神子がくり返した。魔道士が本を開き、彼女に指し示して見せる。 「神々の書によれば、初代の神子さまが「偉大なる獣」を従えなさったとき、召喚という言葉を使われたのです。 召喚魔法はあと一息で完成します。ご覧になっていて下さい」 魔道士は、彼女の眉のくもりを見逃さなかった。 「不安ですか、神子さま」 星の神子は頷き、本棚から離れた。魔道士は急いで後を追った。 早足で並び歩く魔道士に、星の神子は囁いた。 「オズトロヤ城の奇襲も失敗しました。獣人の前線は、ついにタロンギ大峡谷を下り、サルタバルタ平原に入っているのです。日々、たくさんの命の火が消えていきます……あのときの星読みのように」 「大丈夫です。必ずウィンダスは、滅びの運命から逃れることができます」 「カラハ・バルハ」 二人は立ち止まった。カラハ・バルハが星の神子を見据えた。両の瞳に、揺ぎ無い自信が浮かんでいる。 「神々の書が、私にあらゆる知識をくれました。魔法塔の意味、満月の泉の場所、偉大なる獣を従える方法。 私を信じて下さい。神子さま」 視線の力強さは、大いなる力を得たという余裕からきているのだろうか。だが、力には相応の代償が伴う。星の神子はそれを指摘しなかった。彼の試みが上手くいったあかつきには、カラハ・バルハは何でそれを支払うというのだろう。 星の神子は天文泉へと上がっていった。祈るために。 力を追い求める者が――20年の時を越えて――ここにもあった。 オズトロヤ城最奥にある、祭祀のための広場に、ヤグードが集結していた。中心にいるのは、ヤグード教最高位にある、現人神ヅェー・シシュの分身たち。ヤグード・アバター。 その輪の中に、鞠のように飛び込んできた者が一人。 雷鳴が轟き、火炎が放たれて、衛兵が吹き飛ばされる。アバターたちの眼前に進み出て、彼は高らかに名乗りを上げた。 「我はウィンダス連邦所属、口の院院長、アジド・マルジドなり!」 ヤグードは動揺した様子もなく、くぐもった声で笑った。 「玉座まで、一人で乗り込んでくるとは……愚か者め」 「院長だと。でまかせに決まっている」 「八つ裂きにして、国へ送り返してくれるわ」 「まあ、待て」 先刻のアバターが、仲間たちを手で制した。 「院長がせっかく挨拶に来たのだ。話くらいは聞いてやろう」 アジド・マルジドは話した――彼の疑問について。魔法塔の意味、満月の泉の場所、偉大なる獣を従える方法。その間も彼は、鼻眼鏡の奥から、しっかりとヤグードの高官たちを見すえ、ひと時たりとも油断を見せなかった。 「は! 満月の泉!」 耳につく甲高い声で、アバターは笑った。アジド・マルジドはぎりぎりと歯を食いしばった。 「何がおかしい?」 「ふん、口の院院長よ。お前も気づいているのだろう。ホルトト遺跡が何のために建てられたのか。そして、満月の泉がなぜ地下にあるのか」 アバターたちが唱和するように続ける。 「ホルトト遺跡は、忌むべき塔」 「本来ならば、サルタバルタに満ちる魔法を、あの塔が吸い取ってしまっている」 「愚かなタルタル族よ、そもそもみんなお前たちのせいなのだ」 「あの塔を動かしたりするものだから……」 「えい黙れ!」と院長は恫喝した。嘲笑が返ってきた。 「ヒヒヒヒ」 「ホホホホ」 「クククク」 アジド・マルジドは一歩も引かず、彼を取り囲む紅の嘴をにらみ付けた。 「遺跡は壊れたのだ。しかし、サルタバルタの大地の魔力は、依然として減り続けている。 一体どういうことなのか? この城の地下にて、お前たちが堀り続けている、石のようなもの――見るからに不吉な光を放っている――あれがすべての元凶ではないのか?」 笑い声がぴたりと止んだ。ヤグードたちの喉が、ぐるぐる、と鳴る。 「あれを見たのか……あなどれん」 声が一段と低くなっている。 「だが、違う。あの石が原因ではない」 「すべてはお前たちのせいだ」 「20年前、我々がサルタバルタを撤退したあと――」 「取り返しのつかないことをしたな、タルタル族よ」 アジド・マルジドが、弾かれたように顔を上げた。周囲を見渡す。退路を断たれた! 完全に包囲されている。 「ウィンダスに、もう星の加護はないのだ」 ヤグード・アバターがじりじりとにじり寄ってきた。 額に浮いた脂汗が、頬をゆっくりと伝い落ちた。 「口の院院長よ。覚えておくがいい」 「中央の塔を下りていくのだ」 「そして、その目で見届けるがいい。星の神子と亡き召喚士の過ちを」 「生きておればな」 四方から、闇の力がいっせいに襲いかかってきた。 天文泉から光の球がゆっくりと浮かび上がり、渦巻きを作り始めた。跪く星の神子を中心に、大きな円軌道を描いていく。 光の速度が、いちだんと強くなる。 「星々よ、教えて……私はどうしたらいいの……。 私を助けて……カラハ・バルハ……」 星の光が一つになって、彼女を包み込む。閃光が膨れ上がる。音のない爆発が起こる。その力は、一瞬で世界を真っ白に染めてしまう。 力……ちから。 私は、魔晶石・クノ石を手に入れた。 (04.05.09) |
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