その263

キルトログ、「闇の影」に出会う

 私の背後で足音がした。

 霞の中を歩いてくる小柄な人影があった。どうやらヒューム、それも女性のようである。細く柔らかい赤色の髪が、たてがみのようにふわりと膨らんで、きれいな卵型の顔を覆っていた。黄色い乳当てと、腰を覆う短いスカート。我々と同じ冒険者――あるいは無頼漢――の臭いがする。あらわになった肌はあさ黒いが、しみひとつない。滅多にないことではあるが、冒険の毎日で健康的に焼けたというところだろう。

 どこかで見たことのある女である。

「Kiltrog――三度目ね」

 そう言われて思い出した。サンドリアの領事館。パルブロ鉱山の最深部。そしてここ。以前から正体の全くつかめない、女性らしからぬ名前を持つ女――ライオンである。

「へえ、それが魔晶石ってやつなのね」

 黄色い魔晶石の柱、その足元から、きのこのように石塊が突き出ていた。親株に似ず、溶岩のような鈍い赤光を放っている。私はそれを掘り取って背嚢に押し込んだ。
 私は魔晶石・メノ石を手に入れた。

「連中はそれを使って、何をしようというのかしら」

 突如ライオンが、びくりと身を震わせた。私のうなじの毛がぞわぞわと逆立ち、一拍おいて、脊髄を電撃が走りあがった。

 我々は背後の闇を振り返った。

 分厚い霧の向こうにそれはいた。強大な負の力が、ひとつの大きな塊となって立ちはだかっているのだ。私は圧倒された。震え上がってしまった。下半身が鉄になり、自分が呼吸しているのかどうかすらも忘れた。ライオンの額に脂汗が滲んでいた。きっと彼女も同じだったのだろう。


「もう既に目覚めている、世界の終わりに来る者は……」

 それが姿を現した。

 それは人の形をしていた。裸で、木炭のように黒い肌を持っていた。頭には角が生えていたが、その先端は霧に溶けて見えなかった。それは巨大だった。恐ろしく巨大だった。例の奇岩に匹敵しようかというほどの大きさである。


「俺を目覚めさせたのは、お前たち人間だ」

 それはうっそりと言った。

「今度こそは、決着をつけてやろう……。人間の歴史はやがて終わる。
 この地ヴァナ・ディールを、人間の墓場としてくれる……」


 言い残して、それは姿を消した。

 呪縛が解かれた。思わず尻餅をついた。とたんに冷たい汗が、私の背中を、滝のようにつううと伝い下りていった。


闇の王!

 ライオンが叫んで、喉をつまらせた。

「幻影! 闇の王の幻影! あいつの力がここまで蘇っているというの……」

 私は深く呼吸をし、冷たい空気を吸った。動悸はおさまらなかった。恐れていたことが現実になろうとしている。事態は最悪の方向へ動き始めているのだ。

「獣人たちは本当に、闇の王復活に向けて動いているようね」

 立ち去りざま、ライオンが振り返ってこう言った。

「あなたも気をつけて」

 とはいえ、一介の冒険者に何が出来るだろう。ヴァナ・ディールが再び、混沌の嵐に襲われようとしているのである。


(04.06.01)
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