その264

キルトログ、ジュノ大公に再び謁見する

 ジュノに戻った私は、直ちに大公邸を訪れ、ことの次第を報告した。

 三つの魔晶石を並べると、大公は興味しんしんで身を乗り出し、石の放つ不思議な輝きに見入った。その中性的な美顔を目の前にしながら、私は改めて、この男は虫が好かぬと思った。彼は爬虫類的ないやらしさ、ねっとりとした淫蕩さを持っている。言葉や態度にそれがにじみ出ており、一対一で話していると、生理的な嫌悪感がじわじわとこみ上げてくるのだった。私は驚いていた――こんなに自分が、誰かを強く嫌いになれるとは。

「これらの石には、クリスタルと同種の力が秘められている。不純で汚らわしい性質のものだが、遥かに強力だ」

 大公はチノ石を振りかざした。

「獣人どもも、大きな力に導かれてるらしいな。奴らがそれぞれの拠点に落ち着いたのは、偶然ではなかったわけだ。
 こちらも本腰を入れて、排除にかかった方がよいかもしれん」

 神官が二人、大公の傍らに立っていた。そのうちの一人が下がり、盆に小さなカードのようなものを乗せて戻ってきた。
飛空挺パスを受け取るがいい」大公は言った。
「これがあれば、ジュノと各国を自由に行き来できるだろう」

 私は一礼した。大公手づから渡して貰わなくてよかった。

「この三種の石だけでは、まだ不十分でしょうが」
 大公の傍らで、神官が口を開いた。
「これらを数多く集め、蓄え、ズヴァール城の地下に眠るという、第四の力と合わせたならば、本当に闇の王が復活するかもしれませぬ」

「はばかりながら、その心配はいりますまい」
 会話に割り込んだのは、盆を下げた方の神官である。
「20年前の大戦後、ズヴァールの最奥部は、護符によって封印されました。その鍵は三つに分けられ、三国に分散し、厳重に保管されております。獣人どものつけいる隙が、あろう筈がございませぬ……」

「大公陛下!」

 ばたん、と両扉が勢いよく開き、衛兵が駆け込んできた。驚いた。神官たちも呆然としている。しかし大公に不意をつかれた様子は見えぬ。

「どうした、騒がしいぞ」

「陛下――さ、三国の首脳たちが、獣人たちに襲撃された模様です!」


 広間の空気がはっと張り詰め、全員が化石した。沈黙を破ったのは大公だった。彼は魔晶石を手にしたまま、突然に高笑いを始めたのである。
「奴らの方が先に動いたか! 闇の王などと、本気にしてはおらなかったが……獣人づれが、本気で仕掛けようというわけだな。こざかしい!」

 こうしてはいられない、と私は思った。星の神子さまが襲撃された! 一刻も早く大使館に問い合わせて、ことの次第を確かめねばならぬ。

 私は非礼にならない程度の挨拶をして、退出しようとした。大公がごきげんようと言った。両扉から出ようとして、そこに隻眼の少年が立っているのに気づいた。大公の弟を押しのけていくわけにはいかぬ。私の焦りに気づいているのかいないのか、エルドナーシュはにたにたと笑みを浮かべて、私の顔をじっと見ている。あの兄にしてこの弟だ。何ともいけすかない兄弟である。

「オズトロヤ城で、フェレーナっていうお姉ちゃんに会ったんだね?」

 私は寒気を覚えた。なぜ彼がそれを知っているのだろう。

「何か面白いことがないかってね……。獣人と仲良しなんだって? そのお姉ちゃんとは、いろいろと遊べそうだね。
 ウォルフガング、ウォルフガングはいるかい!」

 衛兵隊長が現れて、少年の傍らに片膝をついた。

「ウォルフガング、天晶堂へ行って、フェレーナっていう女性を連れてきてほしい。頭目アルドの妹だってさ」
「は……危険人物でしょうか」
「一緒に遊びたいだけさ。カムラナートには内緒だよ」
「承知致しました」

「ふふふ、楽しみだよ」

 アルドナーシュは、意味深な笑いを浮かべて立ち去った。私は両扉を抜け、戦没者記念広場の大使館へと急行した。


(04.06.01)
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