その265

キルトログ、天の塔へ急行する

 大使館に入ってみると、大使の姿はなく、緊張した面持ちの秘書が留守を守っていた。彼女が無言で紙片を差し出す。

ウィンダス天の塔監視下
ホルトト遺跡中央塔に異常あり
至急帰国されたし

 このジュノへの急報を受けて、私はLeeshaと一緒に、ウィンダス行きの飛空挺に飛び乗った。


 飛空挺の甲板では、Leeshaが眼下を指差して、ほら星の大樹、と手を叩いている。カザム行き以外では初めて乗る飛空挺、私とても感慨がないわけではないが、それにしても大公邸で聞いた話の衝撃に、心は千々に乱れるのだった。

 星の神子さまは無事だろうか。
 賊は闇の手先なのだろうか。
 一体どうやって、あの厳重な天の塔に侵入したのだろうか。
 
 唐突に飛空挺の羽音が変わった。機体がゆっくりと降下していく。私はドアをあけて、今までは表側からしか見ることの出来なかった、飛空挺着き場に降り立った。

ウィンダスへ到着する
 
 しゅんしゅんと鋭い羽音を立てて、飛空挺が離陸していく。私たちはそれを見守りながら、場内にある土産物屋を少し覗いて、街の中に入った。

 私たちは大至急帰国したわけだが、ウィンダス人は相変わらずのんのんとしたもので、どうやら国家を揺るがす大事も、国民にまでは知れ渡ってないらしい。不穏な噂は早く流れるものだ。だとすると政府の配慮で、いたずらに民心を刺激しないようにと、緘口令が敷かれているのかもしれぬ。

 石の区へ続く道も穏やかなものである。暖かな太陽の日差し。のんびりと回る風車。こうした情景は恒久的なものに思えるが、事実は浜辺の砂城に似て、足元には波がひたひたと押し寄せている。平和というものの何と脆いことよ! 我々は普通、その崩壊の過程を実感することはない。ざらりと楼閣が崩れ去ったときには手遅れで、失ったものを元に戻すことは不可能なのだ。

 どっしりとした天の塔が私たちを出迎える。この大樹だけは変わらず、ウィンダス建国の昔から、連邦国国民を見守ってきたのである。

 中は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

 とりわけ騒動は侍女室に顕著である。侍女たちはめいめい勝手に喋っていて、何が起こったのだかさっぱり要領を得ぬ。鬼のズババが頼りになると思いきや、天の塔が賊に襲撃されるという事態にしょげ返るばかり。どうもこういう連中は頼りない。魔力は強いかもしれないが、不測の事態に対する適応力に欠けている。

 その点ミスラの側近たちは冷静だった。同じ剣を持つもの同士、呼応するものがあるもかもしれぬ。乏しい情報を拾い集めて、どうやら神子さまに大した怪我はないということが判った。

「しかし、黒い使者が……」
 側近の一人は言う。
「神子さまは、黒い使者が現れたと仰るのだ。ちょうど護符が盗まれた夜の話で、実にあやしいではないか。だが、我々も侍女たちも、誰ひとりその姿を見ておらぬ。誓ってもよいが、ここを通り抜けた者は一人もいないのだ。賊は姿でも消していたのだろうか」

 姿を消すことは難しくない。だがウィンダスにおいて、インビジという簡単な魔法に対する備えがないとは考えられない。ミスラの言うことが本当だとしたら、賊は何かに身をやつしたか、あるいは強力な術を使って、瞬間移動してでも来たのだろう。

 ……黒い影。

 私は悪寒を覚えながら、神子さまの部屋の扉をノックした。



(04.06.14)
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