その266

キルトログ、フェ・インの護符の説明を受ける

「Kiltrog、あなたが戻るのを待っていました」

 階段を上っていくと、いつもと変わらぬ――少なくとも外見上は――神子さまが、傷を負った様子もなく、にっこりと私に微笑みかけた。

 部屋にはもう一人客があった。神子さまの左隣にタルタルが控えている。紅茶色のフードを被っているので性別が判然としないが、きのこのかさのような帽子には見覚えがある。手の院のアプルルを初めとする院長たちがよく被っている。してみるとタルタルもその一人で、おおかた鼻の院か耳の院、どちらかの院長なのだろう。

「あなたが不在のときに、大事が起こってしまいました」

 私がいたら未然に防げたとでもいうような言い方だ

「セミ・ラフィーナ、説明を」

 部屋の片隅で石像のように直立していた守護戦士が、ずいと前に進み出た。

「20年前の大戦の後、闇の王の城ズヴァールを、ウィンダスの護符で封じたという話は聞いたことがありますね?」

 セミ・ラフィーナは淡々と話し始めた。彼女の口調は抑揚に欠けている。以前にアジド・マルジドと確執があったさいには、もう少し感情を表に出していたものだが。

「この護符は、強力な結界とともに、ホルトト遺跡の中央塔に封じ込めてありました」

 神子さまの前では我を殺し、守護機械に徹しているということだろうか。

「それが先日の満月の晩のこと、結界が破られ、封印の護符が奪われてしまうという事件が起きてしまったのです。
 あの結界を破るほどの力を、ヤグードたちが持っているとは思えないのですが……」

 獣人のことを話すときだけ、声に皮肉の色が篭った。神子さまがぴしゃりと言った。

「セミ・ラフィーナ、まだヤグードと決まったわけではありません」
「失礼いたしました」
「私のもとへ来た、黒い使者とも考えられるのです」

 セミ・ラフィーナは素直に頭を下げた。神子さまは彼女に下がるよう指示した。守護戦士が部屋の隅へ戻ると、神子さまが彼女の話の後を継いだ。

 奪われた護符というのは、ズヴァール城の封印解除を厳重にするために、三国で分けたものの一つである。従ってそれは三分の一の危険しか意味しないが、他国の状況も把握しておかなくてはならない。何しろ敵は三大国の元首を同時に襲撃するという、はなれわざをやってのけたのだから。

「そこから先は、私が話しましょ」

 タルタルが一歩進み出た。その声で女性だと判った。彼女は鼻の院院長のルクススだと名乗った。 

「北の呪われた地の入り口――ボスディン氷河の北東部に、フェ・インという古い遺跡があります。ご存じですか」

 ボスディン氷河はLeeshaが詳しい。彼女なら知っているだろう。

「遠い昔、ヴァナ・ディールには、あたしたちの知らない発達した文明が栄えていました。この遺跡は、失われた古代の街の廃墟とわかりました。

 ジラート
 彼らは自分たちのことを、そう呼んでいたようです。

 ジラートたちの遺跡は他でも見られます。例えば西の大陸――クォンのことですが――テリガン岬にも、同種のものがあります。
 いずれの遺跡も、遥かな古代に建てられたのにもかかわらず、ほぼ完全な姿で現存しています。まるで時を越えて、何か秘密の力に守られてでもいるかのようです……」

 ルクススはうっとりと目を閉じた。

「30年前の話ですが、三国が合同で、北の地の調査にあたったことがあります。かの地に眠ると言われる、偉大な力を求める探索でした――そのときは、失敗に終わりましたけれども。

 というのも、フェ・インには、それはそれは恐ろしい化け物どもが、大量に巣食っていたからなのです。

 クリスタル戦争において、アルタナ連合軍が闇の王を討ったさい、フェ・インのモンスターたちも一掃されて、封印が敷かれました。フェ・インの奥に、ク・ピアの闘技場と呼ばれる、コロシアムの跡があります。護符はここにあって、北の地の封印を内側から強化する働きをしているのです。

 封印に異常がなければよいのですが」

「Kiltrog」
 神子さまが言った。
「フェ・インに行って、封印の護符が無事に機能しているか、調べてきて頂きたいのです。闇の王の復活も気になりますが、結界が破られ、幻獣たちに再び攻められることは、絶対に避けなくてはいけません。

 もし異常が見られたなら、この新しい護符で、封印魔法を強化してきて下さい。

 お願いしますよKiltrog……星の巡りがあなたを導かんことを」

 ぴかぴか光る護符を持って、神子さまの部屋を後にした。果たして賊とは誰だったのか。黒い使者とは、ヤグードではないのだろうか、と考えながら。

(04.06.15)
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