その271

キルトログ、絵のモデルになる

 ある晴れた日、私は水の区を散歩していた。

 中央広場からレストランの中を通り、『ララブのしっぽ』亭の前に出た。我らがピチチちゃんの実家である。しっぽ亭は飲食店ではあるが、宿屋も経営していて、二階を誰かに貸しているという噂だった。

 その二階へ向かう外階段の上り口に、ミスラの子が所在なげに立っていた。彼女は私を見つけると、小走りに駆け寄ってきて、小さな手で手袋の袖を引いた。
「ヒュームのおねえちゃんが住んでいるのよ」といって、階段の上を指差す。

「画家さんなんだって。ヒュームなのにとっても変わってるんだ。タルタルたちにすごく好かれてるみたい……ああいうのを「にたものどうし」というのよねえ」


 興味を覚えた私は、二階へと向かった。階段はずいぶん古くなっていて、私が足を乗せるたび、ぎしぎしと頼りない悲鳴をあげた。木製のドアにぶちあたったが、これも相当に茶けていた。取っ手を押してみる。開かない。施錠されているのではなく、たてつけが悪くなっているのだ。私はばたん、ばたんと騒音を立てながら中に入った。扉はまた、閉まるときにも自己主張をおこたらず、必要以上にきーーいと叫んでからようやくおとなしくなった。

 円形の部屋が東西にひとつづつあった。二階はこの二間で終わりのようだった。部屋は明かりに乏しく、古くなった油のような臭いが篭っている。窓を開けてはいるのだが、あまり空気の入れ替えには役立っていないようだ。

 私は左の部屋へ進んだ。

 最初に目に飛び込んできたのは、私の身長ほどもある、巨大なイーゼルの背中だった。パレットを持った女が、キャンバスに向かって、一心不乱に絵筆を動かしている。彼女が着ているフードつきのチュニックは、飛び散った絵の具で無残に汚れていた。彼女の没頭具合からして、持ち主自身がそれに頓着してないことは明白だった。何しろ私が入ってきたことにすら、気づいている様子がないのだった。


 彼女は筆を咥えて、絵全体に目をやり、難しそうにうううんと唸った。そのときようやく闖入者の存在を把握したようだ。だが彼女は誰何するわけでもなく、出て行けと怒鳴るわけでもなくて、やおら興奮したように鼻息を荒くし、私に向かって筆の先を突きつけたのである。

「そこの紳士の方!ちょっとお待ちになって!」

 彼女の言葉は上品で、思ったより可愛らしい声をしていた。それだけに無造作な外観とのギャップがよけいに激しく感じられた。

「私の頭の中にある、もやもやしたイメージに、あなたはピッタリだわ!
 ぜひ、私の作品のモデルになって貰えないかしら?」

 モデル? ガルカが?
 私が?


キャンバスに向かう女

 成り行き上、私はモデルをやらされることになった。

 だがすんなりとはいかなかった。アンジェリカ――それが画家の名だった――の注文はうるさかった。私が台に上がると、彼女はいきなり駄目出しを食らわせた。「致命的に不完全だわ! 足りないものがあるのよ!」と叫んで、フードをぐしゃぐしゃと揉みにじった。そして、何かのお告げを受けたかのように

ブロンズハーネス

 ぼそりと呟き、それがなくっちゃあ話にならない、と言って、私を扉から追い出してしまった。手に入れてこいというわけなのだろう。

 自腹で。

 彼女のお気に入りの衣装を買うのに、600ギルもかかった。何も自分のふところを痛めてまで、変人に付き合うこともなかったのだろうが。私は彼女のペースに巻き込まれ、すっかり冷静さを欠いてしまった。愚かにも、ハーネスを身につけると、胸筋があらわになって、なるほどブリガンダインを着ているよりはガルカらしいな、などと、悦に入ったりしたものだ。

 台に上がらされて、ポーズをつけられてからも、アンジェリカの注文は続いた。具体的なものならよいのだが、彼女はモデルのことなど省みず、極めて抽象的な指示を送るのだった。例えばこんな感じである。

「もっとアンニュイに!」
「もっとはげシック!」

 そのたびに私は、渋面を作ったり、ポーズを変えたりして、変人先生のインスピレーションに従ったのである。

 ああ、あほらし。



 アンジェリカの最大の長所は――と、私は考える――恐ろしいまでの筆さばきである。思ったより早く私はモデルの任をとかれた。

「この絵は記念にあげるわね……ついでに」

 彼女は別紙を取り上げて、さらさらさらと何かを書きしたためた。

「私のサインもあげるわ。近い将来、この紙切れ一枚だけで、贅沢できるようになるからね!」

 そうあってほしいものだ。私はアンジェリカのサインを受け取り、彼女が「太古の血潮」と名づけた絵を、くるくると丸めて、モグハウスへ持ち帰った。


 装飾に頓着しない私の部屋は殺風景である。家具はベッドくらいしかない。壁に何か飾りものが欲しいと思っていたところだ。それが自分をモデルにした絵ならば、どんなに素敵であることだろう。

 私はわくわくしながら画布を広げた。



 あの中央の白いところが私なのだろう。私はもろ肌を脱いでいたし、ガルカは太いから。

 絵をそのままにして、私はベッドに横になった。明日はきっと、何かいいことがあるだろう。


(04.07.06)
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※このページの三まいのえのどこかに、Leeshaさんがかくれているよ!
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