その275

キルトログ、形見の剣を届ける

 バストゥークへ帰り、老婆に片手剣のグリップを届けた。「おお」と彼女は柄をかき抱いた。亡き夫との思い出がこみ上げてきたのだろうか。
「さっそく鍛冶屋の爺さまに、仕立てて貰いますじゃ」
 老婆は去り際に振り返って言った。「ボーイフレンドなのですじゃ」
 なかなかお茶目な婆さんである。

 数日後、同じ場所で彼女に会った。「おかげさまで、剣を作り直すことができましたじゃ」と、自分の身長ほどもある長剣を持ち上げて言う。見るからに重そうである。
「失礼ですがこれを、孫に届けてやっては貰えませんじゃろうか」
 門番というからには、国内にいるのだろう。お安い御用だと、私は老婆の手から剣を取り上げてみせた。

「孫のいるところはですの……むつかしい機械を使わないといけませんですじゃ。えればたと申すんですかの。
 門番は儲かる仕事ですから、あやつ、小銭を溜め込んでいるはずです。お礼は孫が払ってくれるはずですじゃ」

 手にした剣の、古いが、業物ぶりを検分しながら、私は何気なく尋ねた。して、お孫さんの名前は。

ナジと申しますじゃ」

 ナジ!



 私はエレベーターを使って、大統領官邸前にやって来た。
 私はいまだ驚きを隠せずにいた。ナジ! バストゥークで知らぬ者のない名前だ。彼はミスリル銃士隊の一員である。ということは、バストゥークで一、二を争う勇者であり、世界でも有数の実力の持ち主ということである。確かに彼は官邸の警護を担当しているようだが、「門番」と一言で断じれるような人物では決してない。

 そのナジに官邸前で会った。彼は若く、顔つきや口調にもまだ少年の面影を引きずっている。

ファラばあちゃんから形見の剣を届けるように言われたあ?」

 怪訝そうな顔をした。どうやら、祖母が自分を買っていないことに不満を覚えているようだ。彼はおざなりに剣を受け取り、その場でずらりと抜いてみせたが、さして感動した様子もなかった。何だって今ごろ、こんなもの、とぶつぶつ呟いているのだった。

 そのとき、官邸の階段を下りてくる者があった。がちゃ、がちゃと全身鎧の鳴る音が聞こえる。
「どうしたんだ、ナジ」
「あ、アイアン・イーター先輩」

アイアン・イーター

 アイアン・イーターは、ミスリル銃士隊ナンバー3の実力者であり、ウェライ亡きあと、事実上のガルカ族一の勇者である――もっとも本人に、指導者になるつもりがあるのかどうかは知らないが。

 アイアン・イーターはナジの話を黙って聞いていたが、問題の剣をしげしげと眺め、口を開いた。
「なるほど、ヤシン殿の形見というわけだ」 
「親父を知っているんですか?」とナジ。
「30年前になるがな。剣の由来には心当たりがある。たぶんあのときのものだろう」
 アイアン・イーターは話し始めた。ナジの父親と、彼自身の物語を。


 俺にとって、ラオグリム様は英雄だった。あの人は語り部だったし、ミスリル銃士隊の筆頭銃士でもあった。幼かった俺には、雲の上のような存在さ。30年たった今もだけどな。

 そのラオグリム様が、ダボイから帰ってきたんだ。俺は門まで出迎えに行った。他の奴らが来てた覚えはないな。だとしたら、お忍びの帰郷だったのかもしれない。

 ラオグリム様は、傍らにヒュームの戦士を従えておられた。身長はラオグリム様の胸くらいまでしかなかったが、筋肉がよくついて、上半身は逆三角形をしていた。彼は頭を青々とそりあげて、額にさそりの刺青をしていた。優れた戦士であることはすぐ判った――そういうものは子供でも判るんだよ。歩くときの足さばきにすらにじみ出るものだから。それにラオグリム様を前にして、彼は貫禄負けしていなかったからな。

 それが、お前の親父さんのヤシン殿だよ。さっき言ったことはお世辞でも何でもないぞ。いいか。

 俺がお帰りなさい、と言うと、ラオグリム様は篭手を取って、その大きな手で、頭を撫でてくれた。いつも「パグダコよ、パグダコよ」といって可愛がって貰ったものさ。オークを退治に行ったんでしょう、と尋ねると、いや今回はただの調査だ、と言う。用事が本当は何だったのか俺は知らないよ。ただヤシン殿に、非常に助かった、お前は大した腕前だ、と言ってたのを覚えている。ラオグリム様がそう言うくらいだから、お前の親父さんも大した人物だったんだな。

「冒険者にしておくのは惜しい」ってラオグリム様は言ったよ。銃士になれる実力があるのに、ってことだな。ヤシン殿は十分な働きをしたのに、そのときも単なる雇われに過ぎなかったんだ。

 それには、親父さんはこう答えたよ――いいか、よく聞け――「俺が銃士さまになったって、門番させられるのが関の山さ」ハ、ハ!

 でもヤシン殿に、卑屈なところはなかったな。きっと本心だったんだろう。いい剣の材料が見つかった、と喜んでいたよ。あと、モンクのなんとかいう可愛らしい女の子と知り合ったって。こいつはお前には禁句かな。たぶん、お前が生まれる前の話だろうけど。

 そういうヤシン殿だから、ラオグリム様も、無理に銃士隊へ誘うことはしなかったんだろう。

 その材料で剣を作らせよう、とラオグリム様は言った。知り合いによい鍛冶屋がいるから、と。ヤシン殿は、よろしく頼むぜ、と行って去っていった。その背中が格好良かったのを覚えてるよ。

 俺はこう言ったものさ。「大きくなったら、ラオグリム様みたいな、立派な銃士になるんだ!」

 それは本心ではあったけれど、大した考えがあって言ったんじゃなかった。子供ならではの無責任な発言さ。てっきりラオグリム様が、もう一度頭を撫でてくれるのかと思ってたら、違った。ラオグリム様は、俺の傍らに膝をついて、俺の両肩に手を置くんだ。ソーセージみたいな太い指だったよ。

「銃士は外へ出て、戦うだけが仕事じゃないぞ、パグダコ」
 ラオグリム様は、俺の目をまっすぐ見て言うんだ。
「時には、内なる敵と戦わねばならぬこともある。それでも我慢できるのなら、お前の信じる道を行くが良い」

 何がラオグリム様にそんなふうに言わせたのか、いまだに判らない。だから意味もはっきりしないがね。そのときは少し怖かったけれど、何年もたってから考えて、子供に本音を言ってくれた、ということで、嬉しく思えたりした。もしかしたら、ラオグリム様は、自分の立場というものに、人知れず疲れてたのかもしれないな。あの人はいつだって、英雄じゃなきゃならなかったんだから。

 てこれは、少し喋りすぎたか。

「だからこの剣は」
 アイアン・イーターが、軽々とそれを振りさばいてみせた。
「お前の親父さんの形見というだけでなく、ミスリル銃士であり、ガルカの語り部、ラオグリム様ゆかりの品でもある。大切に使うんだな」

 ナジはすっかり考えを改めたようだ。へえ、これがなあ、と言いながら、柄の彫刻に見入っている。
「ところで先輩、パグダコって名前なんですか」
 ナジはにやにやと笑っている。アイアン・イーターが、むっと口を結んだ。
「好きなように呼ぶがいい。他人に何と呼ばれようと興味はない……」
 そう言って、階段を上っていってしまった。

 ナジは階段を見上げた。先輩の気分を害してしまったと思っているらしい。「この剣は、大事に使わせてもらうよ」と断り、ふところを探っていたが、やがて腰に下がっていた斧を外し、私に手渡すのだった。
「すまんが、今は持ち合わせがない。そいつはお下がりになるが、なかなかいい品だ。役に立つと思うぞ」

 私はレイザーアクスを手に入れた。帰りながら、ひゅん、ひゅんと二、三度振り回してみる。後ろからナジの叫ぶ声が聞こえた。
「ばあちゃんによろしく!」


 私はその報告を老婆にした。

「なるほど、そのらぐりん……らおりん様ゆかりの品でありましたか」
 歳なのだろうか。人名が全然合っていない。私は苦笑しながら聞いていた。
「らぐろん様は、ガルカの皆様から慕われていたようですなあ。ただひとり、やけに反発していた者があった、という記憶がございますけれど。
 だいどころとか申しましたのじゃが」

 ダイドコロ……?


(04.07.19)
Copyright (C) 2004 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
※このページの三まいのえのどこかに、Leeshaさんがかくれているよ!
→正解はこちら
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送