その276

キルトログ、時計塔の油を届ける

 ずしりと重い黄金マスクを小脇にかかえ、天晶堂の扉を叩いた。係員のガルカ氏に会うと、彼はからからと笑って、よいよい約束の品と交換してやろう、と言う。こうして私は時計塔の油を手に入れたのである。

ガルムートの家

 ガルムートの家はジュノ上層、バタリア丘陵に繋がる正門の近くにある。家の南東にはくだんの時計塔が建っており、扉を内側から開けたならば、彼の仕事場が左前方に見える位置だ。

 Leeshaには表に待っていて貰って、私はドアをノックした。

 返事がないからノブを握ってみた。

 ノブはくるりと回った。

 邸内はうす暗かった。留守なのかと一瞬疑ったが、奥の部屋で確かに物音がしている。ガルムート、ガルムートと名前を呼んでみたなら、整備士の友人が、「ああ、あんたか……」とつぶやきながら、のっそりのっそりと歩いてきた。

 何が理由かわからないが、ひどく落ち込んでいるように見えたので、私は彼を元気づけようと、ホラ、問題の油を手に入れたよ、と言って、壺を振ってみせた。だがこの策は空振りに終わった。意外にもガルムートは、あれだけ切望していた油に興味を示さず、無感動に、それがそうか、と壺を指差しただけであった。

「せっかく取ってきて貰って悪いが、もう遅いんだよ……」

 今にも消え入りそうな小さな声だ。
 
「あの塔は取り壊されることになったんだ」

 ガルムートは説明した。海からの物資を運び上げるクレーンを建設し、時計塔のある位置にそれを据える計画があるらしい。既に議会を通っているらしく、これは決定事項であるから、覆しようもない、と。喋っているうちに頻繁に声が途切れて、ガルムートはときおり、鼻をすすり上げさえするのだった。

「何かを信じようとした俺が馬鹿だったってことだな」

 彼は力なく笑ってみせた。

「油は受け取っておくよ……。とりあえず、ありがとうよ。これ、取っといてくれ。俺からの気持ちだから」

 1200ギルと、機械工の軍手を手渡して、ガルムートはふらふらと出て行ってしまった。

 
 ばたんと扉が閉じてしまって、私はひとり取り残された。ガルムートは鍵もかけず、何処かへ行ってしまった。このまま去っていいのかどうか迷っていると、扉がこんこんと叩かれて、第二の客がやって来た。

「ガルムート! おるんじゃろ! ……おや、お前さんかい」

 ナリヒラの爺さんである。ガルムートの先輩にあたる機械工で、時計塔の仕事を彼に斡旋した人物だ。

 ガルムートが出て行ったいきさつを話すと、彼は驚いて、「しょうがないやつじゃな!」とぷんぷん怒り出す。

 私は尋ねた。本当に時計塔が取り壊されるのかと。
「そうとも」
 それでは、ガルムートの生きがいが失われてしまうではないか。
「それが、何とかなるかもしれんのじゃ」
 老人は言う。
「嘆願書を用意して、市民の署名をつのればの。計画自体を中止させることが出来るかもしれん。嘆願の書類は、下層の商工会議所で貰えるはずなんじゃが……」


 老人に留守を頼んで、私は家を出た。落ち込んだガルムートを見るのは忍びない。友人のために何が出来るかわからないが、とりあえずやれるだけやってみることにしよう。

(04.07.25)
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