その277

キルトログ、署名活動をする

 ジュノの商工会議所は、下層の競売所の真向かいにある、小さな建物である。我々にはあまり縁のないところだが、中で地図を売っているから、上京したばかりの新米冒険者が訪れることがある。表の混雑から逃れてくる者も少なくないようだ。結局けっこう人が入っているのである。

「あの時計塔ですか……」

 受付の男は、でっぷりと下腹の出たヒュームである。髭をかきかき私の質問に答えている。慎重に言葉を選んでいるふうなのは、下手なことを言ってあげ足を取られてはたまらない、と考えているせいだろうか。


商工会議所

「あの場所は、海から物資を引き上げるのに絶好の位置なんですよ。ですから、もうひとつクレーンを増設しようと計画しているのです」

 その話はもう聞いた。

「時計塔も古くなってますからね」
 男は肩をすくめる。

「もっとも、市民の皆さまの反対の声があれば、計画自体を見直すことになりますが」

 私は時計塔保存の嘆願書について尋ねた。男はしぶしぶ書類を持ち出して、ここに最低10人ぶんの署名を集めて下さい、と言う。冒険者は駄目、とのことである。仲間を募って、と考えていた私は当てが外れた。これはジュノの問題なのであるから、ジュノ市民でなくてはならないのだ。とはいえ10人程度であるから、私ひとりでも何とかなりそうだ。私は書類を折りたたんでポケットにしまい、商工会議所を後にした(注1)


 こういう署名活動を集めるとき、どこから始めたらよいだろうか。当然、計画に反対していそうな人物が多い場所である。若い連中よりは、おそらく年寄りの方が、塔に思い入れもあることだろう。従ってまずは、年輩の市民中心に攻めることにした。

 上層にある、町医者モンブローの診療所には、数多くの患者が集っている。ここには年寄りが多い。読みは当たって、三人もの署名が得られた。そのうちの一つはモンブローのものである。彼はあの鐘の音を聞くと、街が生きているような印象にとらわれるのだ、という。

「ガルムート君は、以前はよくけんかをして、ここへやって来たものですが、困りものでしたよ。見かけによらず痛がりだから」

 サインを書きながら、町医者は楽しそうに笑った。

町医者モンブロー

 ル・ルデの庭にも足を運び、記念碑の前に立つ老人にサインして貰った。老人は塔を壊す計画は知らなかったらしい。「そのうち、この記念碑も壊すとか言い出しかねんぞ」と語気を荒げる。「時計塔だって、戦争を持ちこたえたジュノのシンボルなんだからな……」

 下層を歩いていた恰幅のよいガルカ氏。
「上の連中は、われわれ庶民の生活をちっとも考えておらん」

 上層の民家、タルタル氏。
「署名をしてほしい? なるほど、いいでしょう」

 サンドリア飛空挺乗り場にいたエルヴァーン氏。
「困っている人がいるなら、喜んで協力しよう」


 等々、私は7つの署名を埋めた。あらかた市民には声をかけてしまったので、行っていないところを探さなくてはならない。

 ジュノ上層に酒場があった。種族や職業で入場を限定することで有名な店である。「本日:ガルカの日」と張り紙がしてあったので、中を覗いてみることにした。


酒場

 店内は薄暗く、女神聖堂よりずっと狭い。オレンジ色の明かりの下に、小さなカウンターがあって、酒場のあるじと思われる髭づらの男が、真鍮の杯を磨いている。
「ガルカってのは、どっしりしていていいやな!」
 せっかくだが客ではないのだ、と断って、本題を切り出す。塔取り壊しの計画について話すと、あるじはポンと手を打って、「ガルムートが荒れていたのはそのせいか!」という。わが友人は自暴自棄になって、酒で苛立ちを紛らわせているらしい。

 私が署名をお願いすると、あるじは快諾して、羽根ペンを走らせた。「時計塔技師限定の日を作れと、ガルムートがうるさいんだよ」彼は笑う。
「それじゃ、あいつと爺さんしか来ないじゃないかね? え?」


 さてこれで、署名は8つになった。残り2つをどうするか考えなくてはならない。

 大通りを歩いていたら、問題の時計塔が目に入った。私はチョコボ厩舎まで下りていって、その姿を見上げた。
 朝日を受けているので、時計塔の細部までをも、はっきり見ることが出来る。潮風にうたれ続けて、壁面は黒い苔がこびりついている。鐘の音も音色が悪くなっているという。何しろ20年以上、絶えず鐘を打ち鳴らしてきたのだ。あちこちがたが来ていて当然だろう。

 時は公平である。容赦なく万物を裁く。新しいものも、徐々に古びていく。古びれば滅びる。その中で恣意的に何を守り、何を廃棄するか。残しておいて意義のあるものだけ残せばいい。単なるがらくたを置いておくのはただのノスタルジーに過ぎない。ノスタルジーで何がいけないのか、という疑問は、この際おいておく。問題は、塔自体に思い入れがない私が、この活動で何をやろうとしているのか、だ。

 私に、署名運動などをする資格があるのだろうか。塔よりクレーンが出来た方が、よっぽど便利がよい、と思う人もいるはずじゃないか。それを考えれば、一介の冒険者ふぜいが、塔を守りましょう、なんて、無責任なことを口にするのは憚られるはずなのだ。

 私は友人の職と、生きがいを確保したいだけである。そのために街の建設計画を覆すことが許されるのか。 

 私にはわからない。

 わかるのは、このまま放っておいたら、ガルムートは早晩だめになってしまうだろう、ということだ。

 ささやかな救いは、彼のことを考えて署名してくれる人が、少なくなかったことだった。時計塔を愛す者によって、彼は愛されているのだ。時計塔を救うことは、ガルムートを救うことである。

 だとすれば、私にも十分にその資格はある。

 ――ここまで考えて、不意にひらめくものがあった。空欄を埋める手段を。なぜこれを今まで思いつかなかったのか! 私は嘆願書を握り締め、階段を急いで駆け上った。


注1
 今回のクエストはNPCに対してのものです。ゲーム上では明らかな約束ごとなのですが、この手記ではNPCとPCは区別されないので、「冒険者は駄目」という断り書きを入れました(ゲームにはこのセリフはありません)。
 また、「10人の署名を集めると計画を白紙にする」というのも、少々極端であり、手記に起こすとリアルさを欠いてしまいます。そこで「最低10人の署名を集めると、計画を見直すことになる」と、ちょっと幅の大きい表現にしてみました。


(04.07.25)
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