その289 キルトログ、アヤメの実家を訪ねる 晴れた日の朝、私はバストゥーク港に到着した。桟橋の上がり、飛空挺が去るのを仰いだあと、ある民家にお世話になった。 民家は2部屋しかない、こじんまりとした作りで、小さなヒュームの女の子と、その父親が住んでいた。父親の下がった肩に生活苦が滲んでいた。彼は髭面であったが、勇壮な感じはしなかった。だから、彼の部屋の壁に飾られた、本物らしい東洋の反身の刀は、少し浮いた印象を与えた。彼が武人だとはどうしても思えなかった。この刀は装飾品に過ぎないのだろうか。 父親は茶を入れながら言った。 「娘のアヤメが、大統領府に勤めておりますので……」 アヤメにはパルブロ鉱山の奥で会ったことがあった(その129参照)。彼女はミスリル銃士隊の一員だった。ということは、バストゥークで5本の指に入るつわものである。だが父親の言い方には、それを誇るような調子はなく、むしろ説明することに対する疲れを感じさせた。なるほど、身内が偉大すぎるというのは考えものかもしれぬ。彼はエンセツという一個人ではなく、常にアヤメの父として扱われるのだ。
それにしても、親はまだいい。偉大な遺伝子の源流であることが証明されるからだ。それは父の勝利であり、母の勝利である。しかし、同じ腹から生まれて、同じ遺伝子を受け継いだものは? カエデはアヤメの実の妹だった。 お姉ちゃんはえらい、お姉ちゃんはかっこいい、という賞賛の陰に、寂しさがあった。それでも、彼女は小さいからまだよかった。グンバやギーベくらいの歳に見えるから、ヒュームなら8歳から10歳というところだろう。彼女が受け継いだものを結実させるのはこれからである。姉が作ったハードルは高いが、若いだけに、未来には無限の可能性が広がっているはずだ。 「あたいもお姉ちゃんみたいに、刀が使えたら、強くなれるんじゃないかと思うの」 カエデはそう言って右手をぶんと振り回した。 「そのことをお父ちゃんに話したら、すごく怒られて……」 子供に刃物を使わせるのに、慎重になるのは当然だと思う。私の気持ちは父親に寄っていた。いっぽう娘は、父親は怪しい、という。近ごろは天晶堂のカゲトラ氏のところに出入りしているそうだ。彼女が興奮して声を大きくすると、何ぶん非常に狭い家であるので、それを聞きつけた父親が、隣室から顔を出した。お客様に迷惑をかけるんじゃない、と一括する。彼女は叱られてますます頬を膨らませてしまう。 「ふん……絶対に何か隠しているんだわ!」
ガルカという、子を持たぬ種族の身ながら言おう。これまで見聞してきた限りにおいては、親は子に対して、親としての顔しか見せないものである。その陰に隠れた、社会人としての顔、一人の男の――あるいは女の顔というのは、子に対しては隠された部分である。従って、エンセツがこそこそ誰かと会っていたからといって、それが娘には不審に思われたからといって、何になるだろう。単に生活に困って、身の回りのものを片付けているだけかもしれないではないか。 それでも、ほんの少しだけ引っかかるものがある……。私の推測が当たっているとしたら、エンセツはなぜ普通に質屋に出かけないのか。天晶堂は一般人の関わる組織ではない。ましてや小さい子を抱えて、つましく暮らしているはずの男には。 私は倉庫へ向かった。とにかくカゲトラという人物に会うことである。他人の家庭事情に首を突っ込む気はないのだが、案外何でもない真相で、胸のもやもやが解消されないとも限らない。 (04.08.30)
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