その300

キルトログ、パラダモの丘に登る

 毒の噴煙にさんざん悩まされたが、我々はようやく、パラダモの丘の麓に着くことが出来た。象牙色の土が崩れた壁面に、謎の獣の骨が覗いている――巨大な後ろ足だ。タロンギ大峡谷に転がっていた骨と、もしかしたら同じ種類かもしれない。鋭角に屈折しているのは、折れたあとなのか、それとも元から関節なのか。

巨獣の骨

 ここでGorasと、Landsendから連絡が入った。今から行きたいのだが間に合うだろうかと。我々はまだ登山に取りかかっていない。しかし、これまでの道程から察するに、パラダモの丘は、アットワ地溝の相当入り組んだ奥にある筈であり、簡単に到着できるものとは思えない。

 ところが存外に早いものだった。連絡があってから、たいして時間も経っていないのに、Landsendを連れたGorasが姿を見せた。彼の話によると、ここを踏破したことがあって、経験上覚えた道を辿ってきたのだそうだ。Librossは言う。アットワの地図というのが厄介で、絵画としての装飾が過ぎ、あまり実用には役立たないと。だとしたらGorasは大したものだ。少なくとも私には無理だと思う。


 私は丘を見上げた。壁面はなだらかで、突起がほとんどなく、手がかりも足がかりも見つかりそうにない。こんな山を登攀することが出来るのだろうか。私が腕を組んでいたら、壁面を走る小さなとっかかりの上に、人間の乗っているのが見えた。我々以外にも人がいて、めいめいが頂点を目指しているようだ。

 既に登っている人間がいるということは、少なくともそこまでは行けるということだ。私はとっかかりを探し、ようやく小さな足場を見つけて、そこに足をかけた。こつを掴むまでが大変だった。注意が散漫になると、すぐに落っこちそうになる。私は壁に半身を預けて、肩当てを擦り付けるつもりで進んだ。LibrossやLandsendはずいぶん歩きやすそうである。これまでガルカの巨体を憂いたことは少なくない――やはりと大きな身体は何かと損をすることも多いものだ(注1)

細い山道

 山道で面倒なのは折り返しである。道が尽きたと思ったら、反対側に登り道が続いてたりする。階段の踊り場にいると思えばよい。慎重に身体を回転させ、逆を向いて、再び登り出す。間違うと下りの道に足をかけてしまい、来た道を反対に戻りかけたりする。「踊り場」に十分身体を引き入れる必要があるが、そもそも「踊り場」も大変に狭いので、大胆にやると足がはみ出し、転落して一からやり直す危険がある。こうなっては元も子もない。

 この山道の恐ろしいところは、突然に途切れる場所があるところだ。中腹で行き止まりとなる。道の続きがない。こういうときは一歩踏み出し、わざと落ちてみるとよい。下にも出っ張りがあって、そこに足が引っかかることがある。そこから続きの道が伸びているのである。外壁に道を築いたのが誰かはわからないが、どうも故意に通りにくくしているようだ。山頂に来て貰いたくないのだろう。そう思ったら、余計に天辺を極めたい思いが募った。

 山道の中腹で、毒の煙が吹き出ている箇所があった。そこで全員が足を止めた。このとき先頭にいたのはGorasだった。彼は山頂に登ったことがあり、経験をもとに、皆を先導している。気づいたら我々以外の人たちも、ガイドとして彼を頼っており、Gorasも大声を張り上げて、その期待に応えているのだった。

 毒の煙の厄介なところは、晴れるかどうかわからないこと、と書いた。Gorasは熱気から身を置いて、しばらく黒い霧をじっと見つめていた。彼はこちらを振り向いて、おそらく煙は止まない、ここから転落したら、次の道が続いていると思う、と言った。私は下を見た。強い風が吹き上げてくる。もし道があるとしても、幅が狭かったり、かなり下に位置していたとしたら、この位置からは到底見えない。誰かが試してみるしかない。Gorasがえいやと飛び降り、しばらくして下から「大丈夫!」と叫んできた。そこで皆が安心して、虚空に身を躍らせた。間違って下に落ちないようにしなくてはならない。道があったとしても、そこに足をかけることが出来なければ、今まで神経を張り詰めた経緯が全て無駄になるのだ。

 私たちの中にも失敗者が出た。ああと叫びながら麓まで落ちていく者たちがいた。誰が落ちたか確かめる余裕はなかった。私はGorasの二人うしろに位置し、とにかく自分のことだけに気を配っていた。この手の曲芸を私は得意でない。万一落ちてしまったら、登り直せる自信は全く無く、皆に大きな迷惑をかけてしまう。肩当がどれだけ汚れようと、とにかく壁に、壁に張り付いて、絶対に足場を失わないよう心がけた。


 数え切れないほどの転落を経て――自分にはそう感じた――我々は足場を繋いでいった。下がっては上り、下がっては上りして、慎重に山頂を目指す。時には本当に麓近くまで下がるときがあって、この道は本当に正しいのだろうか、といぶかしんだりもした。それが、道を進むにつれて、徐々に空気の変わるのがわかり、山頂に向かっていることが実感できた。周囲は肌寒くなり、肺の冷える思いがした。落ち着いて辺りを見回してみれば、とげとげ山の連なる絶景である。このとき私は骨の上に足を置いていた。巧妙なことに、壁面から浮き出た巨大生物の骨が、山頂に繋がる道の、足場の一部となっているのだった。

 Gorasの「もうひといき!」という声に励まされ、私は震える足を叱咤して、山頂へ駆け上がった。「やった!」とめいめいが達成感を口にした。転落した者は再び山道に挑んでいるらしく、彼らの手助けをするために、再びGorasは麓まで駆け下って行った。

 パラダモの丘は天辺が平らな形をしていた。皆が縁まで身を乗り出して、四方の絶景を楽しんでいた。地表からだと、雲の上を飛んでいるに等しい鳶が、すぐ頭上を滑空していく。鳥の旋回を眺めていたら、岩にけつまづきそうになった。山頂の広場には、大きな亀裂が地面に走っているのだ。


亀裂の底には・・・

 底を覗き込むと、黄色い鉱石のようなものが、転がっているのが見えた。これは何なのだろう。長く見つめていると、ゆらりと蜃気楼の揺れるような感覚があった。聖地ジ・タのクリスタルに、同様の現象が見られた気がする。鉱石の用途はこの先知れるかもしれないし、永久にわからないかもしれない。

山頂

 しばらく待つと、メンバーの全員が山頂に姿を見せた。東には朝日が覗いていた――残念なことに、砂嵐がひどく、快晴ではなかったが。晴れていればどんなに素晴らしい光景だったろう。この山に何度も登ることはおそらくあるまい。今日のことは忘れない。みんなで朝日を拝んだ山登りが、この先かけがえのない思い出になると信じるから。

注1
 通り幅は種族を問わず一定であり、身体の大きさによって(ガルカかタルタルか、という問題によって)転落の確率が変わることはありません。


(04.10.20)
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