その310

キルトログ、「ダイドコロ」氏に会う

「おいおまえ、グンバって小さいガルカを見なかったか?」

 バストゥーク鉱山区に、がらの悪い連中が多いことは十分に承知している。しかしながら、公道の散歩中、ガルカの子供に直接「おまえ」呼ばわりされるとはさすがに思ってもみなかった。

 私を呼び止めたのは、デッツォという名のこまっしゃくれた小僧だった。下道を通るときによく見かけた顔である。私はバストゥーク育ちでないこともあって、この国のガルカの子供はほとんど知らぬ。ウェライの同居人だったグンバが唯一の知り合いだが、彼の態度も斜にかまえたところがあり、話していて愉快な気分はしないので、親しいという関係にはほど遠かった。要するに協和国のガルカ小僧たちは、そろいもそろって生意気な奴ばっかりなのである。

 仕方なくデッツォと応対していると、彼はいきなりよそを向いて、「畜生!」と吐きすてた。くだんのグンバが角を曲がって来つつある。「やいやい」とデッツォは彼のところへ駆け寄るなり、「ここで会ったが100年目、今日こそは決着をつけてやるぞ!」と鼻息を荒げた。どうやら子供ながらに因縁ぶかい相手であるらしい。


デッツォ

「別に逃げやしないよ」
 グンバは落ち着いたものである。
「それに決着はこの間ついたじゃないか。昔からしつっこいなあ」

「あれは無効だ。卑怯な手を使いやがって!」
「ちゃんと武器を持っていったよ」
「ウェライが遺したやつじゃないか!」
「駄目とは言われてないさ」
「おまえ、まだ20歳のくせに生意気だぞ……」
「それに、きみだってダイドッグから借りてきたんじゃないか」

 デッツォは真っ赤になった。完全にやりこめられた格好である。彼は「と、とにかく」と言って、息を整えた。
「今度は兜で勝負だ。どっちがかっこいい兜を持ってくるかで競う」
「もういいよ、僕の負けで」
「駄目だ、逃げるんじゃないぞ。あっ、どこへ行く」
「家へ帰るよ、さよなら」
 グンバは走り出していた。
「こら待て……この卑怯ものめ!」

 デッツォはライバルを追いかけていったが、ほどなく諦めて、鈍重そうな身体をゆすりながら帰ってきた。
ミスリルサリットなんていいと思うんだよ、おれは」
 そう聞こえよがしに言う。

「あいつには負けたくないんだよ。おまえ持ってるんだろう。冒険者なんだから。貸してくれるだけでいいからよ……頼むからさ!」

 はいはい、と私は生返事をして去った。ミスリルサリットは、50レベルを越える性能の高い兜である。子供がおいそれと持ち出して遊ぶものではない。ガキ同士の争いに関わるつもりはまったくなかった。

 グンバはのらくらと交わしたように見えるが、ああ見えてプライドは高いから、またぞろウェライの遺品をあさって、立派なやつを用意してくるだろう。デッツォはダイドッグ氏とやらに借りればよい。彼の保護者なのだろうか? だとすれば、ウェライとダイドッグ氏の装備で対決することは、ある意味で公平だといえるだろう。

 しかし、ダイドッグ……。妙に気になる名前である。聞いたことがあるような気がしないでもない。
 だいどっぐ。だいどっぐ。
 ダイ……。

 ダイドコロ?


「らぐろん様は、ガルカの皆様から慕われていたようですなあ。ただひとり、やけに反発していた者があった、という記憶がございますけれど。
 だいどころとか申しましたのじゃが…」

 鉱山区で知り合った、ナジの祖母の言葉である。彼女の記憶は名前に関して頼りなく、語り部のラオグリムのことを、「らぐろん」だの「らおりん」だのと呼んでいた。だとすれば「だいどころ」も同様であり、いずれそれに近い名前の人物だと考えるのが妥当である。

 私はダイドッグ氏を探すことにした。

 ダイドッグに関しての情報は少なく、大部分を推測に頼るしかない。30年前の合同調査隊に参加していたラオグリム、彼に反発していたという話からして、まず年齢は壮年、あるいはそれ以上と考えていいだろう。語り部に真っ向から反発するというのは、並の覚悟では出来ぬことだ。従って現在でも、バストゥークのガルカ社会において、結構な顔役なのではないか。もちろん単なる鼻つまみ者の可能性もあるわけだが。

 そう思って鉱山区を探した。ダイドッグはすぐに見つかった。意外にも、私は彼を知っていた。鉱山区の往来で腕を組み、すごみをきかせている禿のガルカ。髭は黒々、筋骨隆々の偉丈夫であり、そばを通るのもこわい。おそらく私のみならず、貧民街を訪れたあらゆる冒険者が、彼の恫喝を受けているのではあるまいか。そんな人と世間話をするのは難しい。まず私は、彼が最も嫌う「よそ者」以外の何者でもないからだ。


ダイドッグ

 ダイドコロの話をしたが、彼はうるさいといって、真面目に耳を傾けようとはしなかった。ヒュームのファラ婆さんについても、そんな人は知らぬの一点ばり。私をぎろりとにらみつけ、追い払おうとしていたが、私も諦めずに食い下がった。彼の反応が変わったのは、あの語り部にして、ガルカ族随一の英雄の名が出たときである。

「ラオグリム……あいつか」

 ダイドッグはふんと笑った。

「いやな男だ。子供のころから生意気だった。いつも周囲にちやほやされていた。そして銃士にへつらい、ヒュームに取り入って、しまいには女にも尻尾を振っていた。
 見知らぬガルカよ、知るがいい。お前たちが崇めている語り部が、どんな欺瞞に満ちた人生を送ったかを。英雄というやつの真の姿を……」

(05.01.16)
Copyright (C) 2004 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送