その314

キルトログ、そっくりな店主と話す

 夏でもないのに幽霊話を体験した。骸骨やボギーではない。正真正銘、白昼堂々、それもジュノ国内の中である。以下にその仔細を記す。


 上層にある防具屋<不朽の盾>をご存じだろうか。日ごろ私は競売所を利用しているのだが、以前「おやじのデッドリー・ミノーがあんたにそっくりだ」と言われたことがあるので、時おり冷やかしに覘いてみることがある。

 店内は薄暗い。飾られたミスリルの鎧も、うっすらと埃を被っている。拭き掃除をしていたガルカが私に耳打ちする。
「俺は防具職人として雇われたんだが、毎日雑用ばっかりさ。掃除とか仕入れ、倉庫の整理」
 店の隅に積まれた木箱の山を見つめた。仕事は多そうだ。
「防具修理工のガスラムだ……よろしく」
 彼が右手を差し出した。私は握手した。

「昔の職人が作ったものはいいやな。ボルグヘルツの名前は聞いたことあるかい」
 いいや、と私。
「100年にひとりといわれた伝説の名匠だよ。30年前、彼は篭手を作った。羽のように軽く、鋼のように強い。その素晴らしい出来ばえから、魔物に魂を売ってるんじゃないか、とまで噂された。“ボルグヘルツの失われた魔手”……有名な話だが、本当に聞いたことがないのかい。
 失われた、との言葉どおり、例の大戦で行方知れずになっちまったがな」

「おいガスラム、手を休めるんじゃねえ」
 デッドリー・ミノーが、カウンターの奥から言った。
「ボルグヘルツの篭手は噂に過ぎん。もともと謎の多い人物だからな」

 あるじには聞こえていたようだ。ガスラムは首をすくめて、それ以上の叱責を覚悟していたが、どうやらあるじは冒頭の愚痴を聞き逃したらしく、店奥の業務に戻ってしまっていた。
 ガスラムは小声で言った。
「俺は知っている……。以前、宝箱の中から、古い篭手を手に入れたってやつがいたんだ。現物は見たことがないが。
 何でも、エルディーム古墳に眠っているというぜ……どうだい、あんたも冒険者なら、ロマンに賭けてみちゃあ……」


主人デッドリー・ミノー

 RagnarokやLibross、Landsend、Steelbear、Senku&Goras――そしてもちろんLeesha――らの協力を受け、宝箱からぼろぼろの古びた小手を入手して戻った。現品を見せると、ガスラムはうひゃあと言った。
「こいつは業物(わざもの)だ……ちらっと見ただけでもわかる」
 直せるか、と私。
「いやはや! そうしたいのは山々だが、こいつは俺の手に負えそうもない……かえって壊しちまってはたまらない。おやじさんに聞いてみてくれ」


 灰色に汚れ、革に黴の生えたそれを、デッドリー・ミノーは慎重に検分していた。やがて拡大鏡を下におき、丁寧に木綿布で篭手を包むと、ひとつ大きなため息をついた。
「ボルグヘルツの篭手……本物かもしれませんな」
 再び「直せるか」と尋ねたら、今度も「いいや」という返事。

「この篭手は相当な品物ですよ。シンプルですが、装着の具合は最高によいはず。これを作った人間は、力学を熟知していて、戦士の受け流し……攻撃をかわす技ですな、それを最も効率よく引き出せるようにしている。一方で革を使っているから軽い。地の色は赤、紅蓮に近い色だったんでしょうね。装飾も美しい。
 これより見事な篭手は、少なくとも私は見たことがない。うちがル・ルデに卸しているやつよりは、数段上だと申し上げてよいでしょう。しかしながら」

 デッドリー・ミノーは語気を強めた。

「直せない。なぜなら私たちは、これほど精巧な品を扱ったことがないから」

 優秀な職人なら可能だろうか、と私が言うと、あるじはフッと笑って、やはり首を左右に振った。

「いまどき、それほどの名匠はおりませんよ。ジュノやバストゥークでは、最新の技術で立派な鎧を作ることが出来る。質の高いものを大量生産できるようになった。その煽りを受けて、鎧職人・武器職人は減少の一途を辿っている。バストゥークのガルカをご覧になられると、よくわかるでしょう。

 しかしながら、一握りの天才の仕事、これは違う。彼らは機械に駆逐されることはない。もしこの篭手の作者が、本当にボルグヘルツなら、魔物に魂を売ってもよい、そういう執念で作ったのでしょう。品物が証明している。

 こんな話をすると、精神論だと敬遠する人がいるが、結局鎧の質というのは、完璧なものを作りたいという執念の強さで決まるのでしてね」

 それはそれとして、篭手はどうやって直したらいいのか?

「必要なものはふたつです。まずは優れた職人。うちのじゃ駄目です。腕前もそうだが、雑用で根を上げているようではまだまだ……。
 もう一つは道具。手で鎧を作っていた時代のものは、既に必要とされず、希少化している。戦争もありましたしね。名匠の中には、自分で独自の道具を作っていたりする。こうなると本当にワン・アンド・オンリーで、鎧を作った当人じゃないと決して直せないことになってしまう。

 このうち道具は何とかなるでしょう。天晶堂――会員ですか?――にお行きなさい。古い道具箱を手に入れたとむかし連絡があった。仕掛けがしてあって開かないそうなのだが、そういうことをすること自体、中に特殊な道具が入っていることの証拠です。私は買わなかったですがね。必要ないから。
 もっとも持ち主が使わないと、その道具箱も意味をなくすわけだが」

 デッドリー・ミノーは、一葉の書きつけを寄こした。

「それが天晶堂のミスラの名前です。心配いらないと思うけど、箱が売れてたら諦めて下さい。
 ボルグヘルツが生きているのが一番いいんですがね……」

 私もそれを願うよ、と言い遺して、下層へおりる階段へ向かった。

(05.01.23)
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