その317

キルトログ、サンドリアの暗部に触れる

 サンドリア港競売所の人ごみを離れ、休憩を取っていたときである。私の耳に「竜騎士……」という言葉が飛び込んできた。

 傍らに目を向けてみれば、私が背中を預けていた壁に、両開きの扉がついており、そこからひとすじの光が漏れているのだった。また「竜騎士……」と聞こえた。男の声である。扉脇の看板には『ブルゲール商会』とあった。ふむ、と独りごちて、私はこんちわあと言いながら入っていった。

 私が入ったところは倉庫の二階だった。スロープが下った先には、木箱が無造作に積まれている。手すりの前に若いエルヴァーンが2人いて、こちらの様子を伺っている。そのうちの一人が、私の鎧をじろじろと見つめながら「あんた竜騎士か?」と尋ねた。いいやと答えると、彼は「やっぱりな」と言って、もう一人に笑いかけた。
「そら見ろ、冒険者に竜騎士がいるというが、ありゃ嘘だぜ」


二人組が話している

 はて、いくら市井の人間だからといって、冒険者の出入国の激しい港で、竜騎士を見たことがないとは信じられない。竜騎士は私の友人にすらいる。もっとも彼らがいつも小竜をはべらせているわけではないが。冒険者はいくつかの職種で装備を使いまわすので、見た目だけだと戦士だか竜騎士だかナイトだかわからないことが多い。きっとこのエルヴァーンは竜そのものを見たことがないのだろう。

 もう一人の男が顎を撫でながら言った。
「ランペール王陛下の第一のご忠臣は、竜騎士であった筈だが」
「王立騎士団長エルパラシオンだろう。故カッファル伯爵のお屋敷に、肖像画があるという」
「うん、聞いたことがある」
「そもそも竜騎士になるには、竜との契約が必要だからな」
 最初の男が胸を張った。そういえば、と私は思った。友人たちはどこから子竜を連れてきたのだろう。
「竜の数自体が少なくなっているんだ。ドラゴンスレイヤー(竜殺し)の奴らにやられちまうらしいぜ」
「新しい竜騎士の誕生は、やはり噂だけかな」
「デマさ。シラヌスという騎士がそうだと聞いたことがあるが、そいつ、今どこにいると思う」
「さあ」
「ボストーニュ監獄!」
「嘘つきの罪でか。ははは、こりゃいい」
「まったくだ。ははは、王国の誇る竜騎士が聞いて呆れるぜ」

 二人はしばらく笑い転げていたが、再びこちらをいぶかしげに見つめだした。私は、人を待っているのだ、と言いわけした。でも今日は来ないようだから出直そう……別の用事ができた。私は扉を出て階段に向かった。今からなら、日の暮れぬうちにドラギーユ城に入れるだろう。


 ボストーニュ監獄は、城の地下に築かれた堅固な牢屋である。主に身分の高い国事犯が収容されているのだが、為政者の手の内ということもあって、うしろぐらい歴史が重ねられてきた。牢に比べて囚人が少ないのは、過酷な監獄生活に耐えられなかったせいだろう。そうした囚人どもが怨霊となり、悪い霊を呼び集めたため、ロンフォールへ続く地下の抜け道は、ちょっとした化け物屋敷の様相を呈してきた(その288参照)。ドラギーユ王家最大の暗部というわけだ(注1)

 手持ちぶさたに煙草をくゆらせている牢番がいた。新しい火を薦めてやると喜び、シラヌスについて知っていることをぺらぺらと話した。
「あいつならもうおらんよ。こないだ死んじまったからな」
 死んだ?
「獣使いと相部屋だったんだが」
 牢番はいまいましそうに、
「そいつがでかい怪物を呼び出して、脱獄をはかったんだ。シラヌスはそいつに踏みつけられてぺしゃんこさ。見る影もなかったぜ」
 獣使いはどうしたのだろう。
「さてどこにいるやら。ボストーニュから脱獄者を出してしまうとは……」
 シラヌスは竜騎士だったというが、彼のような人物が、なぜ監獄に収容されたのだろう。事情を知っているだろうか?

 牢番は煙草を消して、私をじろじろとねめつけた。一言「さあな」と言う。私はどうやら聞きすぎたらしい。
「俺は知っているぜ、兄さん」
 真後ろから声がした。
 囚人が格子の間から、枯れ枝のような両手を伸ばしていた。私はぞっとした。ざんばら髪に落ち窪んだ瞳孔、外見はまるで幽鬼のそれである。
ラーアルさ。あの男はドラゴンスレイヤー……友人であるシラヌスの地位を妬み、讒言をドラギーユに注進して、王立騎士団団長の地位を手に入れた次第」

 牢番が槍をつかむなり、格子に投げつけた。がしゃんと大きな音がした。囚人は――どこにそんな余力があるのか――軽々と後ろに跳びすさり、「おお、怖い怖い」と言って、ケケケと高笑いをした。
「ラーアルはしょっちゅう見に来ていたな……親友の命のけずれるのを。一寸刻み、五分試し」
「黙れ!」
「冒険者よ、ラーアルには注意するがいい……ドラゴンスレイヤーは竜を憎む。その執念は恐ろしい。あの男のような奴がいる限り、竜騎士と竜が滅ぶのは、避けられぬことだったのだ」

 監獄の扉を開けて、牢番が飛び込んでいった。折檻が始まった。その声を聞きつけて、女の牢番が走り寄ってきた。
「またやってるね、あいつってば。あんたは誰?」
 私は彼女に尋ねた。竜騎士と竜のことについて知りたいのだが。
「何だいそりゃ。だったら大聖堂に行くといい。ワオーレーズっていう学者の先生がいてね、ときどき顔を出しているから、何か教えてもらえるだろう。
 用事はそれだけ? なら早く帰んな。こんなところに来ちゃいけないよ。毒気に当てられちまう……監獄は、人間を腐らせる場所なのさ。骨の髄までね」


注1
「ボストーニュ監獄のような場所が、無頼漢である冒険者に開放されているのは、いささか奇妙なことである。群れなす死霊への対策かもしれない。理由は何であれ、これで王家への風通しがよくなり、今回のシラヌスのような一件が表に出ることになった。かつての(冒険者時代以前の)サンドリアでは、決して考えられなかったことである」
(Kiltrog談)


(05.01.30)
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