その319

キルトログ、竜を誕生させる

 サンドリアに戻って、大聖堂の研究室を訪ねたが、ウオーレーズの姿はなかった。この間の学生に聞いてみたら、近ごろはずっと留守にしているという。大陸を違えたシャクラミに出かけ、私がこれだけ早く戻るとは、もしかして思ってもみなかったのだろうか。

「竜の卵を掘ってきたって? そいつはすごい!」 
 一人の若いエルヴァーンが、馴れ馴れしく背負い袋を覗き込んだ。彼はヤシェミドと名乗った。ウオーレーズの門下生で、師匠が健康を崩していることを、大聖堂に報告に来たのだという。
「きみこれを孵化させるつもりはないかね」
 私が?
「そうだ。僕はその方法を知っている。興味があるだろう? 竜の赤子がどのように誕生するかを。滅多に見られるもんじゃない」

 おい、と先の学生が、ヤシェミドの肩をつかんだ。卵の孵化は危険で、慎重に取り扱わなければならない、と先生は仰っていた。その先生がいらっしゃらないのに、新顔が軽々しく話をすすめるのは感心しないな(どうやらヤシェミドとやらは、学生諸君に会うのすら初めてらしい)。
 当のヤシェミドは笑って、
「なに、先生の許可を得ているのですよ! 私たちはうまくいくと、竜騎士の誕生に立ち会うことすら出来る。違いますかガルカ君」
 これは私と同じ考えだった。私は頷いた。
「ならばメリファト山地へ行って、ドロガロガの背骨の根元にこれをお埋めなさい。あのあたりは地熱が高いから、効率よく孵化を促すことが出来る。先生もお喜びになると思うよ……」
 学生たちがぶつぶつ言う中を、私たちは退出した。扉を抜けたとたんにヤシェミドはいなくなって、どこへ行ったのか、それきり姿を見せなかった。

ドロガロガの背骨の根元

 オズトロヤ城の前、ドロガロガの背骨の根元に、私は卵を埋めた。ヤシェミドは卵が生きている、と言った。いったい竜というものは、母親の抱卵なく孵化するものであろうか。いささか疑問であったが、しばらく待ったところ、地面がゆっくりと盛り上がり、青い皮膚の蜥蜴が、湿った土を振りとばしながら這い出てきた……。おお私は、いま竜の誕生に立ち会っているのだ!

 仔竜は犬くらいの大きさをしていたが、はやくも背中の翼を広げ、誰に教えられるともなく宙に浮いた。私の目の高さまで飛び、藍色の瞳でじっとこちらを見つめるのだ。けものからとはいえ、無垢な視線を向けられるのにはなれておらず、照れて直視できないでいると、「すごいじゃないか!」と突然に男の声を聞いた。「本物の竜だ……これぞまさしく!」

 いつの間にか、ヤシェミドが背面に立っていた。私は当惑した。彼は気配を感じさせず、どうやってここへ来たのだろう。
「よくやってくれた、君は下がっていたまえ」
 私を押しやって前に出る。

「僕は言った……竜騎士の誕生に立ち会えると」
 私は頷いた。
「知っているか? エルパラシオンの伝統を継ぐ竜騎士が、サンドリアにいたことを」
 シラヌスのことだろう。それにしても、彼はなぜ腰に長剣を下げているのか。
「彼がいま復活するのだ」
 その剣を抜き放ち、

 ヤシェミドは、おもむろに竜を斬り捨てた。

 声を挙げる間もなかった。ヤシェミドは笑った。果物の潰れたような音がして、仔竜が地面を転がり、青い血を噴き出したきり動かなくなった。

「シラヌス!!」


 響き渡る怒号。丘の上から、土煙を上げて、駆けて来るチョコボが一騎。背中に打ち跨っているのは、おお、サンドリア王立騎士団団長ラーアル卿その人ではないか。

「ははは、我、竜の血を浴びれり!」
「貴様……」

 ラーアルが鞍から飛び降りて、剣の柄に手をかけた。「おっと」ヤシェミドが長刃を伸ばし、竜の首に当てる。「近寄ったらとどめをさすぜ。急所は外してあるからな」

 ウオーレーズの門下生ヤシェミド――否、竜騎士シラヌスは、今その正体を現した。「やはり生きていたか」とラーアルは言い、やむなく剣から手を離して、じっと彼を睨みつけた。
「大聖堂でお前を見かけたという情報があった。よもやと思ったが、大胆にも学生に化けていようとは」

「牢で踏み潰されたのは、獣使いの方さ」
 シラヌスはにやにやと笑って、
「これでお前に復讐できる……ラーアルよ。竜の血を浴びたことで、お前の封印は解ける。私は今、完全に竜となるのだ!」

 咆哮が轟いた。竜巻のような土煙が起こり、私とラーアルが目を庇うと、竜騎士の姿はかき消えていた。後には仔竜が横たわり、断続的に痙攣を繰り返しているのみである。

「シラヌス……違う。お前が竜になるのではない、竜がお前になるのだ」
 ラーアルは呟き、仔竜の傍らに跪いた。ずらりと霊剣を抜く。私が駆け寄りかかると「動くな!」と激しく一喝した。忘れていた。彼はドラゴンスレイヤー――竜殺しの名であまねく知られた男なのだ。
「検分をするから待つがいい。場合によってはこの竜を殺す」
 場合によっては?

 ラーアルは仔竜の身体をつぶさに調べていたが、ほどなく立ち上がり、手のひらについた血を拭った。
「この竜……印がない」
 彼は舌打ちをした。
「邪竜は殺す、それがドラゴンスレイヤーよ。印のない竜は珍しいが、そういう奴は、長じてから印をあらわにする。シラヌスの竜がそうであった。彼は知らず知らずのうちに、悪しき竜と契約を取り交わしてしまったのだ。
 印のない竜が、邪竜の刻印を明らかにし始めたとき……私は驚き、慌てた。親友はすでに竜に飲まれつつあった。奴を大至急、厳重に隔離すること。この点に関して、最も安全な場所は、一つしかなかった。ボストーニュ監獄は、常に厳重な警戒下にある。奴をそこに押し込むことで、私は竜から奴を守れると思ったのだ。
 しかしすべては無駄であった! 無駄であった! 印のない竜を前に、私は躊躇した。あのとき斬ってさえいれば! みすみす一人の優秀な騎士を、邪悪の淵に引きずり込むことはなかったのだ!」

 ラーアルは、長剣を持つ手に力を込めた。仔竜は動かないでいる。荒くなった呼吸に、胸をふうふうと膨らませて、じっとラーアルを――自分を殺そうと思っている男を――見つめているのだった。


ラーアル

 彼は、長剣を鞘に戻した。
「慈悲ではない」
 呟くように言って、
「シラヌスの居所をつかむのに、役立つこともあろう。それまでは厳重に、私の部下に守らせる。冒険者よ、後で城へ来い――どうやら厄介なことを、お前に頼まなければならないようだ」

(05.02.03) 
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