その320 キルトログ、竜を退治する その日の午後、私とLeeshaはサンドリア港にいて、頼もしい助っ人を迎え入れた。 話は前後する。 メリファトから戻った私は、その足でドラギーユ城を訪ねた。王立騎士団の詰所へ行くと、ラーアルが難しい顔をして立っていた。 「奴はどうやら、ゲルスバ砦に潜伏しているらしい」 私を扉の陰に招きよせ、小声で耳打ちした。 「こうしている間にも、奴の魂は、邪竜に喰われ続けている。完全に乗っ取られる前に、何とか手を打ちたい。竜化散を飲ませて様子を見ようと思う。お前も一包持っていてくれ」 ラーアルが手渡したのは、硬貨ほどの大きさの、粗末な紙に包まれた白い粉である。竜の呪いに効くという伝承があるが、学者によっては俗説に過ぎないと言う。ドラゴンスレイヤーがこんなものに頼るとは滑稽である。それだけラーアルも追い詰められているのかもしれぬ。 「例の竜を連れて、後から追う。助っ人を雇っておくといい。竜と斬り合いになるやもしれんぞ」 ――飛空挺から降りてきたのは、ミスラのRodinである。牢で死んだ獣使いの無念は、いま別の獣使いによって果たされるのだ。
ゲルスバ野営陣を歩いてみたが、弱っちいオークが歩き回っているばかりである。竜騎士の影は見えない。とはいえ、人ひとり身を隠すのは簡単そうでいて、案外むつかしいものだ。竜にとり憑かれたとはいえシラヌスは人間である。だとしたら、オークに見つかりにくい場所に隠れている可能性が高い。そう、例えば天幕。 野営陣の中央に、赤い柱のまぶしい、ひときわ立派な天幕がある。ぴったりと入り口が閉まっていて、気配はない。それが逆に怪しい。オークのように騒々しい生き物が、じっと息を殺しているとはまず考えられぬ。外で人間の話し声が聞こえるならなおさらである。 粗末な木の扉に手をかけたとき、背後から私を呼ぶ声がした。ラーアルだった。全力で駆けて来る彼の傍らに、仔竜が浮かんでいる。癒えたばかりの刀傷も痛々しい。 「こいつの様子がおかしいのだ」とラーアル。 「ここに近づくにつれ、身をよじって暴れるのだ。どうやら正解を引き当てたようだな。手遅れでないといいが」 ラーアルが引き戸を開けた。うす暗がりのなか、鎧を着たエルヴァーンが、こちらを背にして立っている。 「シラヌス! シラヌス!」とラーアルは名を呼ぶ。 「無事だったか! 早く、早く竜化散を……」 声が途切れた。シラヌスとおぼしき男が、剣を抜き、ラーアルをけさがけに斬りつけたのだ。彼は完全に不意をつかれ、倒れこんだ。介抱に駆け寄ると「私のことはいい!」と恫喝される。存外に強い声である。 「いいから奴をつかまえるんだ! 決して逃がすな!」 ラーアルが倒れたすきに、竜騎士は扉から外へ飛び出していた。我々は後を追った。てっきり姿を消したかと思いきや、天幕の前にうずくまり、ぶるぶると震えている。怪我でもしたのだろうか。 「シラヌス……?」 声をかけたが答えなかった。彼が振り向いたとき、我々はそれがもはやシラヌスでないことを知った。彼の身体が風船のように膨れ上がる。彼はたちまち巨大な竜となり、翼を大きく広げると、咆哮をあげて襲いかかってきた! 竜の頭は私のはるか頭上にある。私が得物を振っても、彼のあごに届くかどうかもわからない。
助っ人のRodinが、籠からペット――歩くキノコのファンガーを呼び出した。我々は3人と1匹で攻め抜き、見事竜の体力を奪い、地面にうち倒すことに成功した。 我々は快哉を叫んだが、率直に喜ぶわけにもいかなかった。「シラヌス!」と悲痛な声が後ろからする。ラーアルが半身を引きずりながら、竜の死体に駆け寄ろうとした。不思議なことに、先ほどまで凶悪だった巨大動物は、いまふたたび人の姿にかたちを変えた。兜の面頬を深く下げた竜騎士が横たわっているのみである。 「はやく竜化散を飲め。きっと助かるぞ」 ラーアルはシラヌスにひざ枕をあてがい、薬の袋を開こうとしたが、竜騎士は震える手を伸ばし、友人の拳を力なく包むだけだった。 「もう手遅れだ」 「シラヌス……」 ラーアルの声が震えた。ふふ、とシラヌスは笑う。 「友よ……お前は私を見放さなかった。身体を竜に取られた私を、最後までよく信じ通してくれた。 私は自分の竜を道連れに死ぬ。愚かな竜騎士は、ゲルスバに屍をさらすのだ。これは罰よ」 「シラヌス!」 「友よ。その竜を殺す気か」 つぶらな瞳をした、まだあどけない仔竜から、ラーアルは顔を背けた。 「かわいそうだが仕方がない。第二の犠牲者は出せん」 「私の最後の願いだ……助けてやってくれ」 「それは」 ラーアルは言葉を飲み込んだが、竜騎士は、息を荒げながら続けた。 「私は、自らの邪悪に囚われてしまった。もしお前が……そんな私を見捨てないでいてくれたのなら……今一度、聖なる意思が存在するということを、信じてみてはくれまいか」 「シラヌス、しっかりしろ!」 「その願いが果たされるなら、思い遺すことはない……ふふ……悪くはないぞ……友の手のうちで死ぬというのは」 シラヌスは動かなくなった。ラーアルは、しばらく彼の身体をゆすぶっていたが、やがて地面にそっと横たえ、両手を胸の上で組ませた。 仔竜が鳴いた。神々しい、金色の輝きを放ちながら、彼の死を惜しむかのように、くるくると遺体の上空を旋回した。 ラーアルが息を飲んだ。 「アア……聖なる印……ではやはり……」 舞いを終えると、仔竜はこちらへ滑空してきて、あろうことか私の肩にとまった。そのまま翼をたたんで休もうとする。驚いて私が腕を動かしても、鎧に爪を食い込ませ、決して飛び立とうとはしないのだった 「どうやら、お前が選ばれたようだな」 ラーアルが苦笑して言った。 「竜との契約は、どうせなら栄えあるサンドリア騎士にやってもらいたいが! だが冒険者よ……今回の働きは見事だった。シラヌスを救うことこそ出来なかったが、お前がおらねば、聖竜を斬ってしまうところであった。私から厚く礼を言うぞ。 さあ竜を連れて行くがいい。そいつは、お前以外の者には懐かぬ。竜騎士としての人生を選ぶなら、竜はいつも共にあるだろう。名前をつけてせいぜい可愛がることだな。ふふ、冒険者の分際で……果報者が……」
私は竜をヒエンと名づけた。東洋の言葉で、空を飛ぶつばめという意味がある。彼は空にいる。私が呼ぶと下りてきて、傍らに寄り添い戦う。竜騎士として生きる覚悟は出来ていないが、いつかヒエンの存在が、私の未来を変えることがあるかもしれない。 (05.02.09)
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