その322

キルトログ、闇の王討伐の勅命を受ける

 私は天の塔へ向かっていた。 

 前回に呼び出されたのは、半年以上前であった。その任務において、私は北のフェ・インに旅し、闇の王を封印していたはずの護符が、まったく無力化していることを知ったのである。もはや修正は不可能だった。

 星の神子さまの言葉を思い出す。
「Kiltrog、そのときが来たら、あなたには重大な任務をお願いすることになるでしょう。旅立ちの準備をしておきなさい。大きな星が青白く輝く、その日までに……」
 果たして今が「そのとき」なのだろうか。戸惑いが消えたわけではないが、私はやらねばならぬ。やらねばならぬ。


 受付のクピピ嬢の前を通って、二階へと上がる。もはや彼女の顔色を伺わなくてすむほど、私もここの常連になった。成長したものだ。
 侍女の間は一見静かであったが、どことなくざわつきが感じられた。
「五院会議が終わったのです」と一人が話した。
「北へ軍隊を派遣しよう、という話もあったんですが、見送られたようですわ」
 口の院院長が、意外にもおとなしかったという。ズババはそのことを深く考えていてか、侍女たちのお喋りに叱咤する様子もなかった。


「討伐隊が編成されるっていうのは本当かしら」
「もしかしたらあなたが選ばれるかもね?」
「軍隊の出動は、目の院長さまが強く反対なされたのです」
「そうですよ。ウィンダスが先陣を切る必要があるもんですか」
 しかし、我々の考える事態が本当であれば、そんなことを言っている場合ではないのだ。
 侍女の一人が声高に言った。
「何でみんな、こんなに落ち着いていられるのかしら……闇の王が、あの闇の王が、復活するんですよ!!


 星の神子さまの部屋には、神子さま一人しかおらず、例のセミ・ラフィーナも、鼻の院院長のルクススも、姿が見えなかった。
 神子さまは静かに言った。
「闇の王復活に備え、ウィンダスでは軍を出さないことにしました」
 下で聞きました、と私は答えた。神子さまはくすり、と笑った。

「侍女たちはいろいろとおしゃべりですのね。
 軍隊を出すには、いろいろとまだ不確かなことが多すぎるのです。闇の王復活の話は、国民に流布してはおりません。噂は流れているかもしれませんが、それはしょせん噂。軍隊を出した途端に既成事実となり、混乱が国を襲うでしょう。そうなると、せっかく築き上げてきたヤグード族との友好関係も、台無しになってしまう」

 しかし、闇の王が復活してしまえば、外交関係もへったくれもないのだ。20年の復興も空しく、平和は破られ、ヴァナ・ディールは再び焦土と化す。全世界で膨大な数の戦死者が出るだろう。戦後、ウィンダスにもミスラの戦災孤児が溢れたが、それすらも幸せだった、という事態になるかもしれない。人類が全滅することだってありえるのだ。

「面倒なものですね……国とは……。それでも、闇の王は倒さねばなりません。何としても」 
 私は何も言わなかった。神子さまは続けた。

「Kiltrog、闇の王討伐を命じます。あなたのような冒険者なら出来る。全面戦争を回避するためには、ズヴァール城に侵入し、闇の王個人を暗殺する作戦しかないのです。やってくれますね? ともに、導きの星を作りましょう。Kiltrog……星巡りの戦士よ」


 天文泉の上を抜けながら、私は闇の影を思い出していた。魔晶石の祠で見た、あの巨大な幻影。奴はこう言った。

「もう既に目覚めている、世界の終わりに来る者は……。
 今度こそは、決着をつけてやろう……。人間の歴史はやがて終わる。この地ヴァナ・ディールを、人間の墓場としてくれる……」

 あのとき私もライオンも、足がすくんで、動くことさえままならなかった。

 私は、闇の手先を思い出した。パルブロ鉱山で戦った、一つ目の妖怪。奴はこう言って死んだ。

「20年前に、闇の王と刺しちがえたような、偉大な勇者は、もうお前たち人間の中にはいまい? 闇の王がお目覚めになったとき……その時こそ、人間の時代は終わりを告げるのだ」

 階段を下ろうとしたところで、衛兵のミスラに話しかけられた。
「浮かない顔だな。会議の結果を聞いたのか」
 私が頷くと、彼女はふうとため息をついた。

「大きな声では言えぬが、あれがタルタルなのだと、私は思い知ったよ。敵が攻めてこようというとき、いったい何を会議する必要があるだろうか。
 私はウィンダスが磐石の強さを持つとは思っておらぬ。カラハ・バルハに代わる魔道士はおらぬし、ペリィ・ヴァシャイ様は老いている。セミ・ラフィーナ様は、ミスラ族を掌握しきれていない。獣人軍を迎え撃つに不利な条件をあげたら、いくらでもある。
 だが私に出来ることは、弓をとって戦うこと、ただその一つに過ぎない。ならば迷うことはない。獣人とやりあって、私は斬り死にするかもしれないが、それでもやる限りには、誰よりも見事に戦ってみせる。そのくらいの覚悟はある」

 彼女はカラカラと笑った。
「心配するな。私みたいなのが他にも、三国にいくらでもいるだろうさ。人類っていうのは意外にしぶといんだから」
「ヴァン・パイニーシャ」
「それでも出来たら……生きて帰れよ」
「ありがとう」

 身支度を整えて、私は飛空挺に乗った。
 自分の背中には、ヴァナ・ディール全土の未来が乗っている。私はフォルカーでも、ラオグリムでもない。英雄でもないし、勇者でもない。だがそれでも、命を賭して、あの影に打ちかかっていく覚悟くらいはある。
 こうして私は旅立った……。北の地で私を待つ、最果ての闇の中へと。


(05.02.20)
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