その327 キルトログ、闇の王に挑む(5) 「まだだ……まだ終わらぬ……」 闇の王――否、かつて闇の王であったもの――は、立てぬほどのダメージを受け、床に這いつくばり、それでいてなお、おのが身体を引きずって、我々に迫ろうとするのであった。嗚呼その憎悪の強さ、執念の深さよ。 「この内なる炎が、我が身を焼き尽くそうとも! 必ず滅ぼしてみせる……お前たちを……人間を……必ず……」 「もうやめるんだ!」 唐突に、ザイドが叫んだ。 「全ては終わったのだ、闇の王よ……ラオグリムよ!」 這い寄る彼の動きが止まった。顔をあげ、まばたきをして、いぶかしげにザイドの方を見やった。 「ラ・オ……?」 「ラオグリムよ」 ザイドは胸を抑えて立ち上がった。 「ガルカ族の勇士……我らが、語り部よ」 「闇の王だ……我は、私は」 「違う」 ザイドはかぶりを振った。 「もうわかっているはずだ。もはやお前は、自分のあやまちに気づいている……」 闇の王であったものは、胸をおさえて呻いた。 「ああ」ライオンが指をさす。 「闇の力が逃げる!」 彼の身体を鎧のように覆っていた気配が離散し、煙となり、渦を巻いて、空気に溶けていくのだ。その噴煙の中に、彼の身体が消えた。王の間の瘴気が濃さを増す。 床に横たわる一つの影があった。雲をつく巨人の姿は消え、たぎっていた負の力もいずこ、今は裸のガルカが一人、寂しく転がっているばかりだった。 「ラオグリム! ラオグリム!」 ザイドは彼に駆け寄り、上体を抱き起こした。 「息をしている……無事だ。それに、正気を取り戻したようだ」 語り部は立ち上がろうとした。だが足が崩れて、すぐに膝をついた。ザイドが助けようとしたところを振り切り、四つんばいになったまま、荒い息をした。 「ザイド……すまない」 「俺なら大丈夫だ」 「お前たちにも。Kiltrogと言ったか」 私は頷き、ようやく斧の握りを解いて、腰へしまった。手のひらが濡れている。二の腕が震えている……終わったのだ、ようやく終わったのだ。 「私は暗く、つらいものを見すぎてしまった」 ラオグリムは言った。 「人間は暖かく、優しい光を宿している……だがその一方で、心の奥には、暗黒の陥穽が、ぽかりと口を開けているのだ。 私はその穴に落ち、闇の虜になってしまった。もとより私は語り部、我らの種の、つらく悲しい記憶が、私の心を檻に閉じ込めた。これは……負の遺産だ」 「それでも、語り部は帰ってきた」 ザイドがラオグリムの肩に触れたが、彼はかぶりを振って、その手をうちはらった。 「あまりにも多くの血が流れすぎた。私のしたことは、どうやっても償いきれるものではない」 「だが我々には、語り部が必要なのだ。お前が必要なのだ」 「すまない」 ラオグリムは、力なく笑った。 「30年前、私は死んだ。今さら命は惜しまぬ……」 ラオグリムは立ち上がって、吼えた。闇の力が、彼の身体に流入する。たちまち彼はもとの巨人となった。こちらを振り返って、にこりと笑った。 「ラオグリム!」 腕を引くライオンを振り払って、ザイドが叫んだ。私の仲間たちは、既に避難を始めている。 王の間に咆哮がこだまするのを、私は扉ごしに聞いた。闇の王の断末魔の叫びが届いた。それは意外にも、優しく、暖かさに満ちた言葉だった。 「コーネリア……ああ、コーネリア」 それきり、声は聞こえなくなった。 我々は塔の外へ出た。ライオンが私に駆け寄り、こっそりと耳打ちする。 「今日は大変だったわね、Kiltrog……。感謝してるわ。私はザイドと帰る。時間があったら、ノーグへ訪ねてきてね。今後のことを話しあいたいから」 ノーグ? 「来ればわかるわ。紹介したい人もいるから」 彼女は片目をつむってみせた。 「それじゃ」 ライオンとザイドは行ってしまった。声をかけようとしたが、やめておいた。疲れていたし、きっとザイドも、私と同じ気分だったろうからだ。 塔の外は静寂が支配している。空は変わらぬ鉛色で、雪もやんでいなかったが、心なしか舞い落ちてくる切片は、柔らかい羽根のような軌跡をえがいていた。 「どうでしたか」 Librossが私に尋ねた。 今回の一件は、ガルカ族にとって、ひときわ重い現実である。夢として終わらせられればいい。だが、待ち望んだ英雄こそが、最大の敵であったという事実は消えぬ。彼はあまりに深い傷を世界に残した……それも、20年の長きに渡って。 「ヒュームの娘によって、彼は救われたのだ」 私はそれだけを言った。Leeshaがにっこりと笑った。 「私たちは、ウィンダスへ帰らねばならぬ」 私も失礼します、とSteelbearが頭を下げた。 「デスティン陛下にご報告しなくてはなりません」 聞けばSteelbearも、サンドリア国王から命を受けて、闇の王討伐に動いていたらしい。こうして、第二の戦火は回避された。ヴァナ・ディールに平和が戻ったのだ。 戦いで受けた胸の傷が、ずきりと痛んだ。悪夢は去った。だが心中に渦巻く、この不安は何だろう。私は何か、大切なことを失念しているのではないだろうか? その疑念を振り払えないまま、私は仲間たちと、帰国の途に着くのだった。 (05.03.01)
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