その328

キルトログ、天の塔に報告する

 闇の王が滅んだといっても、それは獣人の全滅を意味しない。サルタバルタには、変わらずヤグードとゴブリンがうろついている。今回の一件で、闇の勢力たちの、種族を超えた結束は回避された。少なくとも王の旗のもとに、奴らが再び集うことはないだろう。

 ウィンダスに戻ってみると、全くいつもの故国であった。我々が勝ち取ったのは、変わらぬ日常――やはり旅人がヤグードに襲われ、ミスラが友好政策にぶつぶつ文句を述べるという「平和」――である。大いなる危険が回避された事実を知る者はそうおるまい。ましてや、それを誰が成し遂げたかという点にいたっては、片手で数えるほどの人しか知らぬだろう(注1)

 本来なら、サンドリア人が名誉とするような、詩人に称えられるべき業績なのだが、闇の王を巡る真実は、ザルカバードの雪の中に埋もれさせた方がよいであろう。私とLeeshaはそう思って、単に「人類の仇敵を倒した」という結果だけを報告することにした。


 天の塔に上がるのに、必ず侍女の部屋を通る。彼女たちはお喋りで、どこから聞きつけたのか、我々が事態を打開したことをすでに知っており、興奮気味にぺちゃぺちゃと話し合っている。私たちが横を通ると、もみじのような手形で、「英雄」の身体のあちこちを触りたがるのだ。

「ルクススさまは、北の地へ戻られました」
 一人の侍女が話した。
「これも、Kiltrogさまのおかげです。世界の平和が守られました」

「三国の冒険者が、力を合わせるような、ドラマチックなことが……あったのですか? だとしたら、素敵ですわね! あこがれますわ」

「さあさあ、仕事に戻ったり!」
 ズババ侍女長が、手を叩きながらやって来た。タルタルたちはぴしゃりと口を閉じ、たちまち蜘蛛の子を散らしたようにいなくなった。

「アジド・マルジドが最近、姿を見せないんだよ。何か企んでなきゃいいけどね」
 ズババがじろりと私をにらんだ。
「あんたたち、旅から帰ってきたのかい」
「まあ……」
「見たところ無事のようだね」
「おかげさまで」 
 ズババは笑った。私は驚いた。彼女のそんな表情は、今まで見たことがなかったから。鬼の侍女長もやはりタルタルである。ズババは人なつっこさ全開で、私の腕をぴたぴたと叩くのだった。

「何も起こらなかったということになっているからね。それを信用するとしようさ。闇の王は復活などしなかった。従って、奴を倒した冒険者もいなかったってね。そうしとこうかねえ」


 階段を上がると、ミスラの衛兵たちの歓迎を受けた。ヴァン・パイニーシャなどは、両手をかたく握るほどの熱烈ぶりである。
「Kiltrog……よかった。お前の、国を愛する心に打たれたよ」           
 そんなに綺麗なもんじゃないが、苦笑しただけで黙っておいた。シャズ・ノレムが代わりに手をとって、何度も礼を述べる。
「お前たちのおかげで、我らの願いが叶えられた……。20年前のような、罪なき子が死ぬ悲劇が、繰り返されなくて良かった。これだけは言わせてくれ。お前たち、ありがとう。
 さあ、羅星の間に進むがよい。神子さまがお待ちであるぞ」

 真実は苦いものだったが、やった甲斐はあった。私は天文泉を渡り、羅星の間の扉をノックした。

「お入りなさい」

 神子さまは、部屋の真ん中にぽつねんと座っていた。私とLeeshaが入っていったが、いつもの調子で、人形のように小首をかしげただけであった。手をとって熱い涙を流すわけでなく、身を乗り出して話を聞きたがるわけでもない。侍女たちに漏れているくらいだから、我々の成果についてはご存じなのであろう。それにしては拍子抜けのする歓迎である。

「Kiltrog、ただいま戻りました」
 私は敬礼した。
「Kiltrog、Leeshaほか6名、闇の王を討伐して参りました」

「ご苦労さまでした」
 神子さまはにっこりと笑い、落ち着いた声で言った。
「どうです? 闇の王とは、やはり恐ろしい存在でしたか。獣人を統べるに足る、強敵だったと想像していますが」

「確かに、幾度かくじけそうになりました」
 私はLeeshaの方をちらりと見た。
「奴は、闇の王の名にふさわしい、邪悪な……地獄の淵からやって来たような生き物でした。奴は暗黒世界に追い返されました。このさき二度と、ヴァナ・ディールを脅かすことはないでしょう」
「ありがとう。Kiltrog。そしてLeeshaも、ご苦労さまでした」


 神子さまは立ち上がり、窓の外を眺めた。昼間だというのに、夜のとばりが下り、星が瞬いている。
「羅星の間には、星の軌道の絶えることがないのです」と、神子さまが説明した。その顔は浮かない。

「今朝、巨大な……一つの星が消えました」
 彼女が言った。我々が任務を遂行した時間である。
「しかし、私が見た星じゃない……私が見たのはその星じゃ……」

「どういう意味です」
 言ってからしまったと思った。星の神子さまに「意味」を尋ねるなど!
 神子さまは静かに言った。
「お下がりなさい、二人とも。今は身体を休めるといいわ。あなたの星が、天の中心に巡ってくるときが、必ず再び来るでしょうから」


 私たちは、神子さまのもとを退出した。
 ミスラの衛兵たちに頭を下げて、テレポーターへ向かう。クピピ嬢の前を通らず、一瞬で一階へ降りられる装置である。傍らには、やはりミスラの衛兵が立っていた。私たちに向かって頭を下げる。私も礼を返す。
「よくご無事で戻られた」
 彼女は言った。
「ここだけの話、本当に、生きて帰ってくれて……よかった」
「ありがとう」と私。
「これからどちらへ向かわれる」
「うん、ノーグに約束がある」
 
 それを聞くと、ミスラが少し嫌な顔をした。ノーグは海賊の巣窟である。どんな英雄行為を成し遂げたにせよ、こうした冒険者の「裏の」付き合いは、やはり下品に見えるのだろう。
 我々など、しょせんはそんなものである。頭だけ下げて、天の塔を退出した。

 ところで私は、何の気なしにライオンとの約束を口にしたのだが、それによって本当に、現地へ向かうこととなった。神ならぬ身の私が知ろうはずがない。嗚呼、このさりげない一件が、ヴァナ・ディール全土を巻き込む、新しい悪夢の始まりとなろうとは……。


注1
 ガルカの指は4本ですから、この表現は、他の人間より1.25倍強のニュアンスです。


(05.03.06)
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