その329

キルトログ、失われた記憶を取り戻す(1)
 
 伝説は、こうはじまる。すべての起こりは『石』だったのだ、と。
 遠い遠いむかし、おおきな美しき生ける石は、七色の輝きにて闇を追い払い、世界を生命でみたし、偉大なる神々を生んだ。
 光に包まれた幸福な時代がつづき、やがて神々は眠りについた。
 世界の名はヴァナ・ディール……。
 そしていつか、祝福されしヴァナ・ディールの地に、おおいなる災いが満ちようとしていた。

 何万年の永きにわたり、暗黒を退けていた古の封印がやぶれ、終わりなき悪夢が目覚める。罪なき者の血が大地を流れ、世界は恐怖と哀しみ、絶望におおわれるだろう

 だが、希望がないわけではない……。どんな嵐の夜をもつらぬき、輝くひとつの星がある。どんな獣の叫びにも消されず、流れるひとつの唄がある。

 そうだ。知恵と勇気と信念をたずさえた、誇りたかき者たち……。
 さあ、深き眠りよりさめ、いまこそ立て、伝説の勇者たち、クリスタルの戦士よ!
――紡がれし伝承(再録)

 カザムから、ユタンガ大森林を抜け、滝の裏に潜り、海蛇の岩窟を突破したところに、海賊の本拠地ノーグがある。

 かねてから出入りはしていたのだが、今あらためて入っていったところ、警備役の若いヒュームと目が合い、因縁をつけられた。がらの悪さはさすが海賊である。適当にあしらおうとしていると、「やめな」と鋭い声が背後で聞こえた。若い海賊は「お嬢さん」と言い、そそくさと立ち去った。振り返ったら、ライオンが片手を腰に、立っている。

警備役が因縁をつける

「いらっしゃいKiltrog。奥さんも。ノーグへようこそ」
 彼女がいんぎんに頭を下げた。私たちも返礼した。さて、海賊はお嬢さんと言ったが、ライオンが海賊に関係が深いとは初めて知った。これまではただ、要所要所に顔を出す、謎の女に過ぎなかったからである。

「わざわざここへ来てもらったのは、会わせたい人がいるからでね。ズヴァール城の戦いをねぎらいたいし、再会も喜びたいところだけど、そうもいかないでしょう。カムラナートの一件もあることだし」

 ジュノ大公がどうしたって?

「……あなた」
 ライオンが眉を寄せて、私の顔を覗き込んだ。
「おかしいわ。ズヴァール城で起こったことを、知らないとは言わさないわよ。あなたなぜ、カムラナートに会ったことを忘れているの? Kiltrog

 口を開いて答えようとしたとき、胸の傷がずきりと痛んだ。私は胸を抑え、床に崩れ落ちた。「Kiltrog、Kiltrog!」と声がする。そう、私は大切なことを忘れていた。ズヴァール城を出るときに抱いた違和感が、ようやくわかった――私の記憶によれば、闇の王によって、胸に傷を負わされた事実はなかったのだ……。



「私は暗く、つらいものを見すぎてしまった」

 王の間にて、力を失ったラオグリムはこう言った。ザイドと、ライオンと、我々6人が取り囲み、彼の言葉を聞いている。確かこのときは、戦いの直後ではあったが、回復魔法を受けていた。胸が痛いということはなかったはずだ。


「人間は暖かく、優しい光を宿している……だがその一方で、心の奥には、暗黒の陥穽が、ぽかりと口を開けているのだ。
 私はその穴に落ち、闇の虜になってしまった。もとより私は語り部、我らの種の、つらく悲しい記憶が、私の心を檻に閉じ込めた。これは……負の遺産だ」

「それでも、語り部は帰ってきた」
 ザイドがラオグリムの肩に触れたが、彼はかぶりを振って、その手をうちはらった。

「あまりにも多くの血が流れすぎた。私のしたことは、どうやっても償いきれるものではない」
「だが我々には、語り部が必要なのだ。お前が必要なのだ」
「すまない」
 ラオグリムは、力なく笑った。


 拍手の音が聞こえた。


 ぱち、ぱち、ぱちと、軽い音が、嘲笑するように王の間に響いた。我々は顔を見合わせた。ここにいる誰も、拍手をしている者はおらぬ。

「なかなか感動的だった。面白いものを見せてもらったぞ」
 部屋の隅の暗がりから、姿を現した者がいる。金色の長髪、青白い皮膚に、血の色のくまどり――見間違おうはずがない。ここに立っているのは、ジュノ大公カムラナートその人である。

「でも、もう少し頑張らなきゃね。ガルカだからこの程度かな」
 大公の隣で毒づいた少年は、彼の弟のエルドナーシュだった。巻き毛を耳の下で切り、子供らしさを残している。本来はあどけない容姿で、それだけに左目の眼帯が痛々しいのだが、このときはまったくそれを感じさせなかった。というのは、彼ら二人が今、ズヴァール城の王の間にいる驚き――それ以上に、彼らが背負っている氷のような妖気が、闇に溢れたこの部屋においてなお、まがまがしく異彩を放っていたからである。

「最高の茶番劇だ」とカムラナート。
「まさに」とエルドナーシュ。

「お前たちは、ジュノの兄弟……」
 ザイドが身構えた。本能的に危険な香りを察したようだ。ここには裸のラオグリム、凄絶な戦いを終えたばかりの我々がいる。当のザイドも手負いである。ライオンは五体無事だが、どれだけ戦力になるかはわからない。
「こんなところへ、何をしに来た?」

「まいた種を収穫に来たのだよ」
 兄弟は笑い、我々を無視して、台座の方へ歩き始めた。そこには魔晶石の柱と、開きっぱなしになった闇の王の棺がある。
「お前たちも、無能なりに、よく役目を果たしてくれた。雑魚の始末はつけねばならないが、まあこちらはどうにでもなる……」

「お前たち、何を企んでいる……?」
「ククク」
「クククク」
 彼らは嘲笑しながら、ゆっくりと台座に上っていた。
「いいだろう。どうせ生きては帰さぬ。我々の目的は、真世界の復活――楽園の扉を開くことだ」

「楽園の扉?」
 私は呻いた。「真世界だと?」

 大公兄弟は、最上段へと上りつめ、こちらを振り返って、声高らかに言い放った。
「聞け現世種よ。いずれクリスタルラインが復活し、神の扉が開く。そのときこそ、我らがジラートの熱望した、1万年の夢が現実となるのだ!」

 ラオグリムが息を飲む。
「ジラート! 古代人だと……馬鹿な……とうの昔に滅んだはずだ」
「好きなように言うがいい」
 大公はニヤニヤと笑って、
「我々は楽園を、下種な人間たちにも、下等な獣人たちにも渡さぬ。世界はジラートのものだ。お前たちは、神の死骸に群がる虫ケラに過ぎん。この機会に、まとめて消えてもらうことにしよう」


(05.03.06)
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