その330

キルトログ、失われた記憶を取り戻す(2)

「お前たちには、消えてもらう」

 天下に名高い、ジュノ大公兄弟――カムラナートとエルドナーシュ――は、今その正体を現した。彼らは自分たちがジラート(古代人)だという。ジラートについては謎が多く、彼らの文化、風習、生態にいたるまで、ほとんど解明されていない。それもそのはず、彼らは有史以前に滅んだからである。そもそも我々人類は、ジラートの滅亡を惜しむ、アルタナの涙から生まれたのだ。

 あざけりの笑みを浮かべるカムラナートの後ろで、弟エルドナーシュは、台座に向けて片手を伸ばしていた。2人とも若々しい……千年を越えた歳にはとても見えない。

「うん……ノイズは断たれた。不純物は無くなったよ」
 エルドナーシュは振り返って言った。
「お前たち、馬鹿なガルカどもには考え及ばないだろうがね。この地には、大いなる力が眠っている。くだらないノイズが、彼らの覚醒を邪魔していたのさ。僕らだけじゃ、彼らを起こすなんて芸当、とても出来そうになかったからね」

誰を起こすって?」とザイド。

「聞こえないか……5つの生命の歌が」

 巨大な気配が近づいてきつつあった。うなじの毛が逆立つ。闇の力とは違うが、危険な存在に違いない。闇の王と同等か、それよりももっと……。気配はひとつではない。この予感が正しければ、複数の敵の登場は致命的だ。カムラナートはこう言ったのだ……我々を生きては帰さぬと。

 我々は警戒して飛びのいた。中空から、大きな水晶が現れた。ひとつ、ふたつ、みっつ。それらはすべて5つにもおよび、きらきらと輝きながら、カムラナートと、エルドナーシュの頭上に集結した。光はなお強さを増す。さながらそれが剣となり、我々の身に突き刺さってくるかのような痛さ、鋭さ。

「さあ、クリスタルの使いが来た」
 カムラナートが高らかに笑う。
「クリスタルの歌……それは我々ジラートの、復活の凱旋歌であり、お前たちの鎮魂歌でもある……」

 水晶は震え、共鳴を続けている。正視できぬほど光が強まり、王の間の闇を吹き飛ばした。ぴし、とクリスタルに亀裂が走る。何かが内側で蠢いている……卵から孵るように、いま危険な生命が生まれつつある。

「おお」とライオン。
「何が始まるというの……」

「世界の滅亡だ」
 カムラナートは両手を広げた。
復活するがいい、クリスタルの戦士よ! 悪しき現世種を、虫けらどもを一掃するのだ!」


 水晶が砕け散った。5つの人影が、ゆっくりと地面に降り立った。

 彼らは漆黒の鎧、ローブを身に纏っていた。戦士がいる、魔法使いがいる。彼らの容姿は、我々に酷似していた……ヒュームと、タルタルと、ミスラと、エルヴァーンと、そしてガルカと。それでも肌は蝋のように白く、顔は仮面のように生気を欠く。生きているとはとても思えない。しかし奴らは動いているのだ。我々を滅ぼすために降臨したのだ。

 ヒュームの戦士が、剣を振り上げた。闇の炎を模したような、邪悪なかたちをしている……。

「おのれ!」
 ザイドが飛びかかった。重い鎧を背負いながら、足さばきには音もない。鋭い助走をつけてから、背中の両手剣を抜き、カムラナート目がけて切りかかった。

「ぐわ!」

 彼の剣が、大公の脳天をとらえたかと思った瞬間、目に見えぬ力場に刃が阻まれた。がきん、という金属音。ザイドが腕を押さえ、身体ごと吹き飛ばされて、床上に転がる。
「ザイド、ザイド!」
 ラオグリムが、震える足で駆け寄った。暗黒剣は壁に跳ね返り、床にさくりと突き刺さって、かすかに震えたのち、動かなくなった。
「気をつけろ……やつら、とてつもなく手ごわい」

 大公兄弟の笑い声が響いた。ジラートたちは、これを待っていたのだ。天から遣わされた、恐るべき5人の刺客。
「こいつらを片づけるがいい。クリスタルの戦士たちよ」
 兄弟は、空間にかき消えてしまった。何処へ行ったのかを詮索する間もない。クリスタルの戦士たちが、じりじりと間合いを詰めてくるのだ。
 奴らが近づいてくる……。嗚呼、闇の王を倒すのに、力を振り絞ってさえいなかったら! 倒せるとは言わぬまでも、多少ましな戦いにはなるはずだ。今は満足に斧すらも握れない。

 無駄なあがきとは承知の上で、得物の柄に手をかけたとき、敵の一人――タルタルが呪文を唱えた。するすると電撃が伸びてきて、私の心臓を打った。たまらずに胸を押さえて倒れこむ。

「Kiltrog! Kiltrog!」
 
 ライオンの叫び声が聞こえた……。もうなす術がない。我々の命はここで尽き、世界は沈黙に包まれるのだ。人類が救世の英雄と信じていた、5人の冷血な刺客によって。

(05.02.13)
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