その333

キルトログ、海賊の頭領に会う(2)

「問題は、カムラナートの野望を止める方法よ」
 ライオンは言った。
「父さん、ウガレピ寺院の話を、彼にしてあげて」
「あんまり頼りになりそうな情報でもないがな」
「また!」

 乗り気でない父親に向かって、娘がぴしゃりと言った。
「いいのよ。古代人の手がかりなんて、そう手に入るものじゃないわ。それが役に立つかどうか、調べるのがこの人たちの仕事だもの」
(まあ、面倒でないに越したことはないが)
私は口の中でつぶやいた。

 ギルガメッシュがにやっと笑って、肩をすくめた。こういう娘との関係を、彼は楽しんでいるらしい。
「旦那……獣人トンベリを知ってるだろうね」
 私は頷いた。
「奴らの巣窟が、ヨアトル大森林にある。ウガレピってのは、奴らが崇拝する邪神なんだが、そいつが寺院名になってるわけだな。近寄るのも危険だ。恐ろしいところさ。
 ずいぶん昔、一度入ったことがあるんだがね。奴らに見つかったら命がねえ……包丁ですっぱり首を切られちまう、そうわかってはいたが、何しろ若かったからな。それに、お宝の匂いを感じてもいたんだ。フェ・インほどとは言わないが、例の寺院も“由緒ある”建物で、かなり古い遺跡が残っている。ほら、おもてに突き立ってる石の柱も、相当年季が入ってるだろ。
 そこで会ったんだ……俺は」

 ギルガメッシュは、両手を胸の前でだらんと垂らしてみせた。
「おばけ。旦那、信じるかい」
 ああと言うと、彼はクックッと笑った。ライオンがキッと父をにらみつけた。

 ギルガメッシュは片手を振って、
「いやいや、冗談抜きでさ。そいつは、ヒュームの爺さんだった。ゆったりとしたローブを着て、杖を持っててな。魔法使いみたいな格好で、身体が半分透けてるんだ。そうでなくてもあの寺院の中だ。生きてる人間とも思えまい。
 度肝を抜かれた俺に、奴が言うわけだよ。古代の亡霊はまだ起きないのか、と。何だかよくわからなかったし、爺さんが敵かどうか、俺も警戒していたから、しかと覚えちゃいないが、たぶんその場で生返事をしたと思うよ。
 そしたら奴は、起きたらまた来い、つって消えちまった。空中にさ」

 ギルガメッシュは、両手をひらひらと振った。
「あんた、これをどう思う? 頼りないって言ったら、頼りない手がかりなんだが。何せ“古代の亡霊”ときた。“古代人の亡霊”じゃないからな。もしかしたら、全然関係ない別の何かかもしれん。その可能性も少なくないんだが……だがもし……」

「それが、ジュノの兄弟か、クリスタルの戦士を指してるとしたら」
 とライオン。
「あるいは、切り札になるかもしれない……。望みを託すには儚すぎるけど、もしかしたらってこともないわけじゃない。詳しい調査をお願い出来るかしら、Kiltrog?」


 私は黙っていた。海賊の親娘の、半ば期待し、すがるような目線には気づいていた。やがて私が、故意に無視しているのだと気づき、ライオンが柳眉をひそめた。
「もしかしてことわるつもり……あなた」
「そうじゃないが」
 私は左胸に手のひらを当てた。
「クリスタルの戦士に受けた傷のことがある。それに、闇の王ですら敵わなかった奴らだ。迎えうつには、更なる鍛錬が必要だろう」

 いくらか手負いであったとはいえ、あの恐ろしい闇の王を屠るのに、奴らはいくらも時間をかけなかった。私にはそれがショックだった。我々が歯を食いしばり、ようやく勝った敵である。実力は雲泥の差だ。
 ウガレピ寺院への潜入も、不安をかき立てた。トンベリは獣人最強と言われている。奴らは狂信者で、それゆえに獰猛、凶暴である。ただしこれは事実の一部でしかない。トンベリが恐れられる第一の理由は、奴らの戦闘能力が、誰よりもずば抜けて高いからなのだ。


「まあ、旦那の言うことにも一理あらあな」
 ギルガメッシュが私に理解を示した。
「相手は、世界の転覆を狙う強敵だ。こう言っちゃ何だが、旦那にはもう少し頑張って貰わないとならねえ。トンベリは確かに恐ろしいが、獣人に敵わない程度の実力じゃ、ちょっと頼りないな」
 私は苦笑いをした。口答えをしそうな娘の肩を、ぽんぽんと叩く。
「ライオン、やはり時間がいるのさ! 残された時間が少ないことは、俺たちもよくわかってるつもりだが……旦那にも鍛錬して貰わなきゃいかんし……俺たちの方の首尾もな、そう一朝一夕には……」

 がたんと音がした。

 ギルガメッシュが扉を見た。私は振り返った。真鍮のノブがゆっくりと回っている。「だれ?」ライオンが鋭い声をかけた。父親は太刀の柄に手をかけている。
「そこにいるのはだれ?」


「ライオン、俺だ」
 若い男の声がした。
「ジュノのアルドだ。急な用事があって来た。ギルガメッシュのおやじもいるんだろう。すまない、中で話が出来ないだろうか」


 親娘がふうと息をつき、得物にかけた手を離した。
「アルドだったか」とギルガメッシュ。「遠慮はいらない、入るといい」

 扉が開いた。暗くて見づらかったが、天晶堂の首領であるのは間違いないようだった。天晶堂とノーグとの繋がりは深い。彼自身ときどきこうして出向くことがあるのだろう。

 だが、彼はいつもの――ジュノで見たときの――彼ではなかった。ろうそくの明かりは、彼の頬のくぼみと、眼の下の隈をはっきりと写し出した。もともと豪気の中に、繊細さを持っていた男である。それでも今夜は、アルドの疲れは尋常でないように思われた。
「久しぶりだな、アルド!」
 ギルガメッシュは抱擁しようと近づいてきたが、彼の片方だけの眼も、朋友の変化を敏感に読み取ったようだ。
「どうやら……わけありのようだな。旅の疲れだけじゃなさそうだが」

「フェレーナがいなくなった」
 アルドは淡々と言った。
「探してるんだ。二人とも何か知らないだろうか」

 ライオンがはっと息を飲み、父を見た。ギルガメッシュはゆっくりとかぶりを振った。
「いや……こっちじゃ見てねえ。あんたに内緒かどうかはともかく、こんなところに来る妹さんじゃあるまい」
「いなくなる心当たりでもあるの、アルド?」
「近ごろ塞ぎこんでいたようだったから。だから心配している」
 アルドの口調に、初めて苛つきが伺えた。
 嫌な予感があった。あの優しいフェレーナがいなくなるなんて。
「よりによって、こんな時期に」
 ライオンが言って、下唇を噛んだ。

 嬉しくないことだが、不幸なものに限って、私の予感は当たるのだ。今回に関しては、根拠がないわけではない。獣人とも心を通わせる娘、彼女に興味を持っていた者がいる。彼も眼帯をしていた。ギルガメッシュと違い、随分と若かったが……。
 少なくとも表面上は。

「私がフェレーナを探すわ。彼女にもしものことがあったら……」
 ライオンは言った。隣のギルガメッシュが、叱責するような低い声を出した。
「お前にはちゃんと仕事がある、ライオン」
 娘がハッと父の顔を見る。
 ギルガメッシュは、同じ口調で客人に言った。
「悪く思うな……アルド。部下には伝えておく」
「ありがとう、気持ちだけで充分だ」
 彼はちらりと私を見て、
「どうやらお邪魔だったようだ。とりあえず天晶堂に戻り、また情報を集めることにしよう」

 アルドが近づいてきた。扉の前に立っていた私は、身体をずらし、彼に道を譲った。
「あんた、おやじの知り合いだったか」
 彼が囁いた。私は肩をすくめた。
「言ってくれたらよかったのに。この間は悪いことをしたな」
 大公からの手紙の一件だろう(その251参照)。気にしてない、と私は言った。
 彼の背中に、ギルガメッシュが声をかけた。
「妹さんのことで、役に立てなかった。無駄足を踏ませたな」
「収穫はあったよ」とアルド。
「ほう?」
「気をつけるべき相手がわかった……おやじさん」
「何だ」
「俺も、信じるぜ。おばけ」
 アルドは扉を開けた。
「何かわかったら、こっちからも連絡するようにしておく。あんたらも安心だろう……それじゃ、また……」


(05.03.22)
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