その339

キルトログ、ムバルポロスの調査をする(4)

 ムバルポロスが、100年前にも出現していた!

 老ガルカのさりげない一言が、私たちを混乱させた。ラヴォララは飛び上がった。これは見ものだった。私はタルタルが、どんな状況であれ、こんなに高く飛んだのを見たことがない。彼女は私の頭ほどに達し、どすんと背中から落ちて、ごろごろと転がり、乱れた息を整えながら、パヴケ翁の方を、憎々しげに指さすのであった。
「あ、あなた方は、そろいもそろって!」
 彼女にとっては、私もどうやら同罪らしい。
「100年前に接触があったなんて、わたくし、はるばるバストゥークに来てから、いま初めて耳にしましたよー! どうしてそんな大事なことを黙っているのですかー!」

「聞かれなかったから」
 パヴケは涼しい顔だ。
「はて、政府も知っていると思っていたが」
「初耳ですー! 初耳ですー!」

「まあ、私にも大して知識はない。モブリンがゴブリンの亜種で、地下を掘りながら移動している、というくらいしかね。詳しい資料がなくても驚くにはあたらんよ。彼らとの接触は、実にささやかなものだったし、確か当時の政府は、ミスラの海賊と交戦中で、そっちの方が重大事項だったはずだ。
 まあ、今の人間が知らなくても不思議はないな。特にヒュームのお偉方は、当時でさえ、ムバルポロスとの戦いには無頓着だったからね。
 それでも史書を丁寧に調べれば、記録くらいは見つかるだろう」

「100年前というと、エルシモ海戦ですよね」
 さすがにこの辺は学者である。私は歴史には疎い。今度機会があったら、図書館にでも行ってみようと思った(注1)
 ラヴォララは、ぷりぷりと不機嫌そうに言った。
「ウィンダスが、あなた方バストゥークにいちゃもんをつけられたー……」
「政治の話はよそうじゃないか」
 パヴケは落ち着いている。性別や体格のみならず、この二人は何から何まで正反対である。そこが面白い。

 そのとき、しばらく考えていたラヴォララが、はっと顔を上げ、老鉱夫を問いただした。
「今あなた、ムバルポロスとの戦いと言いましたねー」
「言ったね」
「ということは、バストゥーク軍か、市民かはわかりませんけど、彼らと戦った……んです……よね?」
「そうだ。こぜりあいだがな」
「もしかして、モブリンは好戦的なのですかー? 自ら戦争を仕掛けてくるような……」
「そうでもあるし、そうでもない」
 パヴケは意味深な返答をした。
「彼らは当初、友好的だった。それが変わったのは、交渉が決裂したからだ。戦いは唐突に始まり、唐突に終わった。何しろ私は、今の今まで、モブリンや地下都市のことなど、すっかり忘れていたぐらいだったからね」


 パヴケの話はこうであった。
 モブリンは、グスゲン鉱山から南下し、街に入り、掠奪の限りを尽くした。書物を奪い、人間をさらった。悪いことに、バストゥーク軍は海戦に出払っており、国には人手が少なかった。これでは獣人に対抗できない! パヴケら鉱夫が、自発的に一計を案じた。いよいよというときには、最後の手段として、鉱山を爆破してしまうのだ。この作戦は国益を大きく損なうだろうが、一方でモブリンにも、壊滅的なダメージを与えることが出来る。

 この決死の計画は、実行されなかった。ムバルポロスに通じる穴が、ある日突然ふさがっていたのである。ファースト・コンタクトは終わった。モブリンは地上を去った。そして100年の時を経、再び時満ちるまで、彼らは沈黙を守り、クリスタル戦争すら不参戦で通したのである。

「自発的に逃げたんですかねー?」
 わからん、とパヴケが言った。
「当時も、皆で協議したところ、おそらくそうだろうという答えに落ち着いた。だが謎は残る。そもそも奴らには、がらがらのバストゥークを前に、逃亡しなければならない理由がなかったのだから」
「交渉を試み、失敗したと言いましたがー」
「言った」
「それは、誰がやったのですかー? 政府?」
ジャボスというガルカがいた。覚えのはやい男で、モブリン語の法則を見つけ、たちどころにマスターした。少なくとも、通訳レベルで意思疎通を図れるくらいまでは」
「すごいですねー」
「失敗したがな」
「駄目ですねー」
「……それ以来ジャボスは、姿を消した」
 パヴケは、寂しそうに言った。
「おそらく、自身の失敗を恥じたのだろう。100年も前の話だ。100年! 生きているかどうか。もしまだどこかで暮らしているのなら、私は彼にこう伝えたい。何も恥じることはない。あれから長い時が過ぎた。仲間が死んだ。語り部も死んだ。戦火が世界を包んだ。いろいろなことがあったが、バストゥークは栄え、私と君は生きている……それでいい。君は立派な仕事をしたのだ、と」


 私とラヴォララは、鉱山区を出た。ダイドッグの家の前を、タルタルを庇うように通り過ぎた。道すがら彼女が言った。

「ムバルポロスへの軍事介入は、待ってもらいましょー。その方がいいと思います。アヤメさまには、私からそう進言しときますー」
 私は頷いた。
「言葉が通じたら、モブリンとはいえ、話し合いはできるのですー。それがわかっただけでも、収穫です」

 私は疑問をぶつけてみた。あなたは鼻の院所属と聞いたが……。
「そーですー」
 なぜ獣人の研究なんかを?
「生き物相手の仕事ですー。わたくしのような派遣員、世界中に散らばっています。情報網がすごいんですよ? だから、きっと見つけられますー。モブリン語はなすガルカさん」

 私はジャボスに会ったことがない。顔も知らない。だが、彼は絶対に生きている、という気がした。理由はよくわからない。
「100年も生きるって、どんな気分なんですかねー?」
 唐突にラヴォララが言った。
「モブリン語のガルカさんも、あんな……寂しい思いをしているのでしょうか?」

 私たちは黙って歩いた。<蒸気の羊>亭が見えた。酒場の方に消えていくラヴォララに向かって、私は大きく手を振り、この人好きのするタルタル嬢と別れた。

注1
「思えばこの一幕によって、私は幻の国、タブナジア侯国に導かれたのである」
(Kiltrog談)


(05.04.16)
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