その340

キルトログ、ムバルポロスの調査をする(5)

 翌日午後、私はアヤメを訪ねた。彼女は以前と同様、砲門の部屋にいた。床に砲弾がごろごろ転がっている。大筒が下ろされている様子はない。ラヴォララの報告は届いた筈だが、少なくともバストゥーク政府は、ムバルポロスへの厳戒態勢を解いたわけではないのだった。

「モブリンとの接触記録が見つかりました」
 アヤメはあっさりと言った。
「彼らは当時、バストゥークのみならず、セルビナまで襲撃の手を伸ばしていたようです。しかし即座に姿を消しました。闇の王の呼びかけもあったでしょうに、完全に沈黙を守っています。何が彼らにそうさせたのか? 依然として謎は深まるばかりです。
 加えて、聖典を所持していた事実が明らかになりました……」
 私は尋ねた。奴らは信徒だと思いますか?
「それも可能性の一つでしょうね」
 アヤメは慎重な言い方をした。
「サンドリア国教会から、修道士の方が来られました。名はヴィルナージュ。鉱山区の民宿<コウモリのねぐら>に宿泊しています。
 例の聖典発見を受け、モブリンの信仰を調査したいとのことでした。冒険者の手を借りたいと言うので、勝手ではありましたが、あなたを推薦させて貰いました。余計なお世話だったかしら」

 私は黙っていた。彼女はしばらく待って、ふうと大きなため息をついた。

「サンドリアはどのみち、首を突っ込みたがっていたの。ウィンダスとの合同調査を、彼らが快く思うわけはないでしょう。こう言っては何だけど、聖典発見は渡りに船だったはずよ。彼らにとってみればね(注1)
 厄介な問題は背負いたくないの。彼がムバルポロスなんかに出かけて、怪我でもしたら大変でしょう。その辺の事情を汲み取れる人が必要だったけど、あなたなら大丈夫と思った。そもそも聖典を持ち帰ったのはあなたなんだし。
 ヴィルナージュを訪ねてちょうだい。言わずもがなだけど、これはあなたの問題でもあるの。ムバルポロス調査は、サンドリアとバストゥークの問題じゃなく、ウィンダスも関わっていることを忘れないで」

 
ヴィルナージュ

 エルヴァーンのウィルナージュは、サンドリアの多くの僧侶がそうであるように、慇懃だが面白みのない男だった。喜怒哀楽が乏しくて、本心が読めない。信仰生活で節制されているのか、あるいは腹に一物もっているのかは謎だ。

「北グスタベルグで発見された聖典を、見せていただきました」
 修道士は静かに言った。
「聖典は、紛れもなくサンドリア国教会が発行したもの。しかも状態が大変いい。それが彼らの信仰によるものだとしたら、女神さまの愛がまたひとつ、ヴァナ・ディールの地に満ちることになります。
 私の仕事は、モブリンの信仰心を確かめることです。ムバルポロスが危険であることは承知しています。そこで皆さんのお力をお借りしたい。どうか地下都市に潜入し、獣人たちの真意を確かめて下さい。いかがですか」

 自ら行くなどと言われなくてよかった。私は快諾し、LeeshaやSteelbearらを連れて、モブリン商人のところへ戻ることになった。何せ、共通語を喋る数少ない現地人の一人である。

 信仰の“試験”のため、私はヴィルナージュから、暁の女神の護符を預かった。聖典に描かれたシンボルをかたどったもので、奴らに信仰心があるなら、良い反応が得られるだろう、というのである。

 しかし商人は、予想もつかないリアクションを取った。私がかざした護符を見るなり、「アルタァナ……」と低く唸り、奇怪な叫び声をあげた。殺気がして振り向いてみたなら、血気にはやったバグベアが、私たちに拳を振り下ろそうとしている!


バグアラグとの戦い

 私たちはバグアラグを打ち倒した。怪物は滑稽な前屈姿勢で床に転がり、もはや持ち主を見失った呼吸用ボンベが、しゅうしゅうとかすかな空音を立てている。

「……カウサァッ! ドゥナシンキィバイディス! レファンターンザルヒメス!」

 モブリンは耳障りな言語で、私たちを激しく罵った。私ははっと胸元を見た。ヴィルナージュに貰ったばかりの、女神の護符が揺れている。
 モブリンは反応をあからさまに変えている。奴は詐欺師であり、その意味で非友好的だったが、積極的な憎悪を示そうとはしなかった。私たちの言動が奴を怒らせたとは思えない。態度を硬化させたのは、私たちが戻ってきてからすぐだった。変わったものは一つ……だとすれば……。

 後ろで物音がして、私は振り返った。

 ガルカが高段に立っていた。Steelbearではなかった。枯草色のベストを着ている。彼は、両手を口の横に当て、こちらへ向け叫んだ。

「タッピィッ! ジャドヴェンチューズタラーンッ!」

 モブリンが反応した。奴はウゥ、と小さく唸り、私を憎々しげに睨みつけると、ひらりと下段へ飛び降り、大きな足音を響かせて去っていった。

 ガルカが階段を下りてきた。薄そうな装備にもかかわらず、肩口から斧の刃が覗いている。どうやら両手斧を背負っているらしい。

 彼は近づいてくるなり、私に手を伸ばした。胸ぐらを掴まれるのかと思いきや、彼は護符を握って、強引に紐を引きちぎった。
「……これは……」彼は言った。
「……ここでは危ない……」

 ぼそぼそとではあるが、彼は共通語を話している。一方で先ほどの叫び、モブリンとの意思疎通を見ていると、彼は確かにモブリン語を解するのであり、また話すことも出来るのだ。

「……帰れ……」

 彼は去ってしまった。私は呆然と立ち尽くした。胸からは護符が消えたが、モブリンの態度は明らかになった。帰って報告した方がいい。またもう一つ、大きな発見をしたように思うのだ。モブリン語を話せる人間はそういないだろう。ましてやそれがガルカならば……。おそらく……。


 ヴィルナージュは落胆の色を隠さなかった。獣人はやはり獣人か、というようなことを言って、聖典を後生大事に持っていたのも、信仰心からではなく、単にもの珍しかったのだろう、とかぶりを振った。

「しかし、あなた方が助かったのは、暁の女神さまのおかげです」
 そうかもしれませんな、と私は言った。
「いかがでしょう。この際ですから護符は差し上げますが、女神さまのお慈悲に対し、サンドリア大聖堂に、いくらかなりとも寄付を頂ければ……。むろん強制はいたしませんが……」

 私は苦笑した。そう来るとは思わなかった。しかし“不幸”にも、護符はもう手もとにはない。ガルカに奪われたいきさつを、私は正直に話した。「何ですと?」彼は眼を丸くした。嘘でも何でもない、と私は請け負った。だがその一方で、モブリンにゆかりの深いガルカの登場は、我ら種族の印象を大きく損なうかもしれないな、という気がした。特にヴィルナージュのような、他国他種族の人間にとっては。

 しかしどうやら、ヴィルナージュは違う考え方をしたようだった。
「だとすれば、聖典はそのガルカのものということもあり得ますね」
 私から護符を取っていったのは、よほどそれが欲しかったから、ということか。まあいいだろう。事実をどう解釈するかは個人の自由である。

「ガルカの存在のことは、アヤメさまにお伝えしておきましょう」
 ヴィルナージュはいんぎんに言った。
「獣人が人間と共生できるなら、女神さまの言葉を理解し、慈悲の心を抱く可能性もあるわけです」
 オークにはそれが出来ないのだろうと思ったが、何も言わずにおいた。


 二度に渡ったムバルポロスの調査は、興味深い結果を残して終わった。
 100年前にモブリンとの接触があった事実。モブリン語の正体。モブリン語を使いこなし、奴らに協力しているガルカの存在。そして、モブリンが見せる――女神アルタナに対しての?――憎悪。
 ムバルポロスとモブリンの謎は、まだまだ深い。これからの調査で、さらに多くのことがわかるだろう。願わくばそれが、三国の足の引っ張り合いでなく、内容を伴うものであってほしいと思う。

注1
「三国のこうした協調姿勢は、コンクエストの“同盟”システムなどに顕著である。現代国際政治は、一国が勢力を伸ばすことを許さない。悪く言えば、現代のヴァナ・ディールは、三国が足を引っ張り合うことで成立しているのだ(中立国ジュノも対象外ではなく、三国経済を阻害するという理由で、ジュノ国内での特産品の売買は一切禁止された)。
 2国の共同作業に、もう1国が首を突っ込まずにはおれないという体面の問題は、ここから生じる。それによって中身が置き去りになることもある。思えば北方バルドニアの、三国合同調査隊(854年)がそうであった。同調査隊は、三国人のみならず、ヒューム、エルヴァーン、タルタル、ミスラ、ガルカの5人種を含んでいたが、各国の思惑が交錯して、足並みが揃わなかったのも当然であった。
 ムバルポロス調査も同じような様相を呈してきた。傍から見ていると正直ばからしいが、三国横並びの協力体勢が、対獣人共同戦線として機能し、人類同士の無用な争いを遠ざけている点については、大きく評価せねばなるまい」
(Kiltrog談)


(05.04.16)
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