その348 キルトログ、少年と邂逅する 広場の中央に、虚ろなるものが座っている。ずんぐりとした羊のような容姿。同種の敵はプロミヴォン内にも徘徊していたが、特筆すべきはその大きさで、トレマー・ラムほどの巨体を誇っている。近くで見ると余計に気味が悪い。果たして奴らは、瞳らしき器官の奥に、我々と共有できる何かを持っているのだろうか?
Suurbierが集中攻撃をくらい死に掛けたが、何とかラッシュで押し切り、ボスを倒すことが出来た。 奴の死体が、空中に溶けるようになくなって、私はアッと声を挙げた。今思えば、光球が消失するのに似ていた。死体の後に残っていたのは、プロミヴォンを潜ってきたときと同じ、ワープの渦だった。他の出口は見えない。どのような罠が待ち構えていようと、我々は次元の扉を潜らねばならぬ。 渦に入り、眩暈から覚めると、私は一人になっていた。先刻と同じような、サーメット質の大広間に立っている。 目の前に巨大なクリスタルが浮かび、美しい深海の輝きをたたえながら、ゆっくりと回っていた。私はしばしそれに見とれた――クリスタルの幻想的な光に癒されるのは、今回が初めてではない。にもかかわらず圧倒されたのは、クリスタルの規模が、途方もなく大きかったからだ。おそらくその胴回りは、星の大樹の太さにも匹敵することだろう! 「それ以上は近づかぬがいいぞ」 後ろから話しかけられ、私は振り返った。 ナグモラーダが、冷たい笑みを浮かべていた。 この男と正面きって対峙するのは、これが初めてである。彼の第一印象は良いとは言えなかったが、改めて眺めてみて、やはり虫が好かぬ。言葉の端々に人を見下す態度が見え、冷酷さを感じさせる。あの大公にしてこの補佐あり、というわけだ。私は漠然と、この男は仇敵になるかもしれん、と考えた。 彼の後ろには、フードを下げた2人の部下がいる。石のように動かないので、何を考えているのか判然としない。3対1とは面白くない構図だ。とりわけこの部屋のような、古代遺跡の要の部屋においては。思えばナグモラーダは、古代遺跡の謎を堅持する、秘密主義の最右翼に立つ人間ではないか。 「どうだ、母なるクリスタルの光は……」 彼は大仰に両手を広げた。 「お前のような下賤の者にも、感じることが出来るだろう。光の粒が身を貫き、心を震わせ、歓喜と祝福がもたらされるのを。母なるクリスタルは、あらゆるエネルギーの源。この光が、我々を生かしているのだ。世界を――ヴァナ・ディールを支える力なのだよ」 私は改めてクリスタルを見つめた。青い輝きに癒されるようではあるが、ちりちりと身を焼く痛みも感じられる。 「くれぐれも、触れたりせん方が身のためだぞ。肉体が耐えられず、吹き飛ばされてしまうだろう」 さもありなん。 「とはいえ、ときどき不心得者が現れる。クリスタルを傷つけようとする愚かな者が……ときどき……。 我々は、そういう輩を生かしてはおけんのだよ、わかるか」 彼がぶつぶつと、呪文を唱え始める。 「お前には、消えてもらわねばならん……かわいそうだが……」 前方に差し出されたナグモラーダの右手。掌中に光の球のようなものが現れる。私は身構えた。魔法から完全に身を護る術はないが、彼とて生身の人間、近づいて斧で叩くことは不可能ではあるまい。 ただし、奴の部下がいる……。血路を開くのは難しい。最悪の事態だけは覚悟しておかねば……。 「お前は?」 突然、ナグモラーダが手を下ろした。彼の目は、クリスタルの方に釘付けになっている。 「そんなところで、何をしている?」 クリスタルの手前に、小柄な人影があった。いつの間にか大広間に入り込み、私の背中を取っていたとみえる。 足音は聞こえず、気配すらも伺えなかった。どうやったかはわからない。だが彼であれば、それはたやすい芸当だったろう。 少年は、ナグモラーダに向き直った。自分はどうすればいいのか? 一瞬迷ったのち、本能の導きに従って、少年を庇うように前に立った。大公補佐官の方に斧を突きつける。クリスタルを盾に取れば、事態を優位に運べるやもしれぬ。 私の想像は当たらなかった。奇妙なことが起こった――ナグモラーダと私の間に、黒い煙のようなものが立ちのぼり始めたのだ。やがてそれは墨色の渦となり、ゆっくり彼らの方へとたなびいて行く。 「闇だっ!」 ナグモラーダが叫び、後ろへ飛びすさった。 3人が我先にと逃げ始め、広間の奥へ消えた。しばらく待ってみたが、戻ってくる様子はない。私は斧を下ろした。どうやら一命を拾ったようだ。 しかし、と考える。目の前で渦を巻いている闇の危険は、私にも想像がついた。気をつけろ、と少年に言おうとして、振り返った。彼はすぐ後ろにおり、私の胸に向かって、右の手のひらを差し出した。 途端、白昼夢に落ちた。 ――夢の類であることははっきりしている。私の目は中空にあり、3人のヒュームの女を見下ろしていたからだ。 彼女たちはゆったりとした、青いローブを着ている。私は彼女たちを巫女だと思った。というのは、星の神子さまと、侍女の佇まいに近いものがあったからだ。髪を結い上げ、繊細な作りの装身具を下げたひとりに、もうふたりが付き従っている。 「ヴァナ・ディールの終わりが……世界の終焉が、始まろうとしています」 巫女頭と思しき女が言った。 「それは、黄昏の男神と、暁の女神との最後の戦……誰もその戦いから、逃れることは出来ないのです」 空から見下ろしているので、サーメット質の床しか見えない。私の目は下降していく。彼女たちの周囲を靄が包んでいるが、徐々に薄れつつある。神像が立っているようだ。彼女たちは一体、何の神に仕えているのだろう。 霧の向こうに、アルタナの像が見えた。 プロマシアの像が見えた。 意識のトリップ――神々の間――から戻ると、私は一人だった。ナグモラーダたちは去り、少年もいつの間にか姿を消している。 少年はまったく正体が知れない。ジラートかと推察したこともあったが、単純にそうだとも思えない。登場と退場の不可思議さからして、どうやら人智を超えた存在のようだ。 ふと気がついた。右の手のひらに熱を感じる。私はそっと開いてみた――いつの間にか、クリスタルの破片を握っている。それが篭手を通して、私に熱を与えていたようだ。 デムの輝きを手に、私はプロミヴォンを出た。記憶の塊は手に入れたから、錬金術師のところへ出かけるとしよう。 (05.05.08)
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