その351 キルトログ、プロミヴォン・ホラを探索する プロミヴォン・デムとメアの突破から、少し日が経った。 私はモグハウスにおり、ホラ岩突破への対策を練っていた。異空間の正体はまったくわからないが、三つの岩を攻略することで、何か眼前に、新しい真実が開けぬものとも限らない。 壊れたテレポイントから、プロミヴォンに入った。 扉の前に、数名の人影があった。冒険者かと思ったが、黒いローブと白い鎧が見え、私は身を硬くした。 「ごきげんよう、冒険者殿」 つめたい嘲笑を浮かべて、ナグモラーダが言った。 「お前が、メアの岩にも現れたと聞いてね。ここで待っていたら、姿を見せるだろうと考えたのだよ。 例の少年はどこだ? 居場所を言いたまえ」 私は舌打ちをした。こういう展開は予想できてしかるべきだったが……。多勢に無勢である。前回はナグモラーダの部下がついていたが、今度は親衛隊、それもウォルフガングまで従えている。武魔両輪で来られては勝ち目がない。隙あれば逃げることも出来ようから、とりあえず成り行きに身を任せるほかあるまい。 私が思考を凝らしていると、ナグモラーダは声を苛立たせた。 「言わないのか。お前が少年と関係していることは、すでにわかっているのだぞ」 どうやら彼は大変な勘違いをしているらしい。弁明しようか、弁明してどうなるものとも思えないが、と考えていたところ、ナグモラーダがつかつかと歩み寄ってきて、私の頬に――意外に強力な――平手打ちを食らわせた。 不意を突かれたこともあって、私は不覚にも片膝をついてしまった。 「ウォルフガング、この者を殺すのだ」 白銀の鎧の男が、ゆっくりと進み出た。 私は彼を睨みつけた。 男気に溢れていそうな外見とは違って、建前と打算まみれの小人物であるウォルフガング。好きになれぬ男である。だが一方で、やはり彼は武人であり、ジュノの治安を任される身であったから、納得のいかぬ裁断に従うのには、ためらいを覚えている様子だった。 「恐れながら、閣下」 少し声が震えていた。 「この者は確かに、あの少年と一緒におりました。しかし、積極的に少年に協力している様子はなく――この場で死罪とするには、いささか証拠が乏しすぎるかと……」 「ウォルフガング。この場所について、私が説明したな」 「は」 「ここは、すべての命の母、クリスタルを守る要塞だと。私たちはその秘密を知り、永遠にこれを守るのが使命であると」 「は……」 「しかるに今、母なる石の、実に2つに闇が落ちている。そのきっかけは何であったか。2つの石ともに、少年が姿を現した。そしてこの男もだ。関連は明白であろう。少年は、この男に導かれて来るのだよ。この男がヴァナ・ディールに、闇をもたらす張本人なのだ」 「そら、来た……」 ナグモラーダが言った。私は振り返った。例の少年が立っている。相変わらず物音を立てず、気配すら感じさせず、彼は私の背後を取ったのだ。 彼はいつものように、虚ろな目で私を見上げていた。 虚ろ……。 ナグモラーダが指をつきつけた。 「少年よ、お前は、あの闇の正体を知っているのだろう」 彼は答えない。 「あれは、遥か昔、暁の巫女たちがこう呼んだものだ。世界を虚無へと向かわせる闇――『虚ろなる闇』と。 どこからか、お前があれを呼んだのだ。さあ、どこから呼んだ?」 反応なし。 「答えないかね。止むを得ぬ」 ナグモラーダは、ウォルフガングの方に手を振った。 「隊長、少年を切るがいい。彼であれば、罪状は十分だろう」 ウォルフガングは身を震わせた。 「閣下は私に……少年を手にかけよ、と仰るのですか」 「そうだ」 「彼を殺してしまっては……」 「死んでもデータは取れる」 「しかし……」 「隊長、やるんだ」 ナグモラーダは声を低くした。 「3度は言わせるな。重要なときに判断を誤り、お前の父のようになりたいかね。お前はそれでいいのか? どうなんだ?」 ウォルフガングは少年にゆっくりと歩み寄り、 抜刀し、彼を斜めに切り下ろした。 私は驚いた。ウォルフガングが本気で切るとは! 冒険者の処刑を躊躇した男が、年端の行かぬ子供を手にかけるとは! この瞬間、私の彼に対する不信感は決定的になった。 少年の死体の傍らで、ウォルフガングは叫び声をあげた。 「どうしてだ! なぜ逃げない! 抵抗しない!」 そのとき、私は見た。 少年の死体から流れる血が、地面に放射状に広がっていった。それは墨のように真っ黒で、不可解にも黒い霧となり、渦となって立ち上り始めた。 「虚ろの闇だ!」 ナグモラーダが息を飲んだ。 「やはりだ、奴め、虚ろの闇を吐きやがった! 逃げろ! 虚無に飲み込まれるぞ!」 彼の周囲にいた手下たちが、我先にと入り口へ殺到し始める。彼らの波に乗るふりをしながら、私は踵を返し、プロミヴォン・ホラの中へと飛び込んだ。
(05.05.08)
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