その352

キルトログ、ホラの出来事を思い出す


 私は、草原に立っていた。
 羊が数匹、私のそばで草を食んでいる。のどかな風景だ。雨模様で天気は芳しくない。遠くで雷の音がする。ひと雨来ると嫌だな、と思いながら、私は歩き出した。

 鎧の胸の部分に、草の端が張り付いていた。朝露で濡れたらしい。そうだ、私はうつ伏せに倒れていた。何者かに起こされたのだ。甲高い声がいくつか聞こえたから、一人ではなく、集団だったのかもしれぬ。

 草の端を指で取り去りながら、私は首を傾げた――違和感がある。私は何か、他ごとに従事していたはずだ。それに、装備が足りない。斧はあるし、ベルトも着けているし、鎧に欠けている箇所もない。戦闘に関するものは揃っている。何か他にあっただろうか。荷物袋の外に出し、常時身につけていたもの……。

 私はあっと声をあげた。少年に貰った、アミュレットがなくなっていた。


 ホラのボスと戦ったことは覚えている。蜘蛛のようなやつだった。Ragnarokが口を酸っぱくして、プロミヴォンのボスの中では、最も強いと言っていた敵だ。そのRagnarokと、Leeshaが使ったアニマとで、我々は敵の動きを封じ込め、見事これを打ち破った。



 そこまではいい。問題は先だ。なぜ私が仲間から離れて、草原に一人立っているのか。見たところコンシュタットみたいだが、私の左右を囲む崖、こんな地形に見覚えはない。巨大なたんぽぽもないから、ラテーヌ高原の谷の下とも思えない。

 そのとき、私の眼前をゆっくりと、巨大なトカゲが横切った。顔の両脇に、水牛のような角を持った、不細工なやつ……身体の大きさは、コンシュタットのトレマー・ラムくらいはある。

 こんな生き物は、一度も見たことがない。私は確信した。何らかの方法で、私は未知の土地に迷い込んでしまったのである。


 ボスを倒した後に、起こったことを考える。確かもう一度、ナグモラーダに会った。巨大なクリスタルの前に、彼がふらふらと姿を現したのだ。

「虚ろとは、滅ぼすもの自身のことであり……」
 胸を押えながら、彼はぶつぶつと呟いた。ここにいるということは、岩の外には逃げなかったらしい。
「虚ろは、自身滅びを知らぬもの。巫女たちが言った通りだ……彼女たちは、神すら恐れぬというのに」

 彼の言う巫女とは、誰のことだろう。デムの岩の白昼夢で見た、例の3人なのだろうか(その348参照)。彼女たちがアルタナに仕えているとすると、私が知っているアルタナ教――サンドリア式、ウィンダス式ともまた違う、女神崇拝の文化が存在しているわけである。
 だが、それはどこの文化だ?
 ナグモラーダに問いただすわけにはいかなかった。彼はクリスタルを見上げて、悲鳴を上げている。私の存在に気づいていないか、気づいていたとしても、それ以外に彼を虜にする何かを、視線の先に見つけたのだ。

 クリスタル上方に浮かぶ人影がある。もはや遠目からでもわかる。少年だ。彼は人知れず消えることも出来るし、同じように現れることも出来るし、空中に浮かぶことも出来るわけだ。そして……。

「馬鹿な! 母なるクリスタルに触るなんて!」

 ナグモラーダを驚愕させているもの……それは、内含するエネルギーの巨大さゆえに、触れることすら叶わないと思われていたクリスタルに、少年が平気で掌を押し付けている姿だった。
 少年はゆっくりとこちらを振り返った。
 私はまた、白昼夢に襲われた。
 
「誰も逃げることは出来ません」
 例の巫女頭が出てきた。私に向かって、話しかけている?
「クリスタルの意志は、皆の心の中にあります。私たち誰もが、器であるということなのです。
 祈りましょう、女神に……神々に……」

 私は我に返った。少年は変わらず、クリスタルに触れ続けている。金色の髪に、黒い服。
 違う。
「君は、裏切らないだろうね?」
 少年が言うが。例の彼ではない。彼はかつて、一言も話したことはなかった。

「クリスタルの意志は、この世界の意志なんだよ。
 それが今、5つに分かたれている……」

 彼が振り返った。顔が見えた。左目を覆う眼帯。
 大公弟エルドナーシュが、私に向かって微笑みかけていた。


(05.05.08)
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