その355

キルトログ、タブナジア地下壕に滞在する(1)
タブナジア地下壕(Tavnazian Safehold)
 タブナジア侯国の生き残りが、逃げ込んだ地下施設を拡張して築いた集落。
 廃墟と化した地上の都市は、今も獣人軍残党が占領しているため、この地下壕では何よりも生存を第一に考えられている。
 故に、大陸随一の豊かさを誇った頃の候都の華やかさこそないものの、長期生活を支える集落としての最低限の機能だけは備えられているようだ。
 ルフェーゼ野を南西に下っていくと、大きな吊り橋があった。Leeshaと二人で、何だこれは、と興奮する。気ままな散策を続けていたところだ。仲間は既に帰ってしまった。

吊り橋

 吊り橋を渡っていくと、大きな洞窟が口を開けていた。Ragnarokの言っていた、地下壕への入り口だろう。私たちは周囲を見回し、獣人がいないのを確かめてから、中へ入った。尾行されていてアジトが壊滅、というような、馬鹿な事態を防ぐためである。

 太陽の輝く外界から、突然暗い穴の中に踏み込んだので、目が慣れるまで待たなければならなかった。なだらかな坂を下っていくと、道の奥にぼんやりとした灯りが見えてきて、「何者か」と唐突に――それこそ何者かに――誰何された。

 暗闇から顔を出したのは……。

 私は斧を抜こうとした。ナグモラーダが「待て!」と言い、私を押しとどめた。彼の語気は鋭かったが、周囲をはばかるかのような囁き声だった。

「お互いよくわからぬ土地だ。今は休戦と行こうじゃないか。洞窟を潜ったときから、我々は見張られている。そら、何者かの視線を感じるだろう?」

 この洞窟が本当に、Ragnarokの言ったような性格を持っているなら、住人が過敏な反応を取っても不思議はない。その点は、マウラやセルビナ、カザムやラバオなどとは違う。我々は歓迎されてはおらぬ。あくまでも遭難者に過ぎないのであって、決して敵意はない、ということを証明せねばならないのだ。

 遠くから見えていた灯りは篝火で、洞窟が広大であるため、ぼんやりと光が拡散しているようだった。太い石の柱と石筍の脇を抜けて、奥の灯りに迫ろうとしたとき、石の陰から不意に話しかけられた。本日二度目の誰何である。

「旅人よ、どこから来て、どこへ行こうというのだ」

 のっそりと出てきた男……年齢は30代といったところか。ヒュームには珍しく、彫りの深い顔立ち。肌は浅黒く、黒髪を後ろで縛っている。上背はさほどないが肩幅が広い。鎧は華美で、青地に施した金装飾がきらきら光っている。クォン大陸では見たことのないデザインだ。タブナジア産の鎧なのだろうか。

「俺はジャスティニアスだ。やましいことがないなら、我が問いに答えよ。時間を忘れた町に、いったい何の用がある?」


ジャスティニアス

 そのとき岩陰から、新たな人影が飛び出てきた。
「そうだ、何の用だ!」
 ひとり。
「潔白をしめせ!」
 ふたり。
「決闘で証明よ!」
 3人。

 小さなタルタルたちが、私の足元に群がってきた。めいめいにファイティングポーズを取って、身体を揺らしている。それぞれ黄色い髪、赤い髪、青い髪だ。最後のタルタルは、頭の両脇で青い髪を団子状にくくっている。髪型からして、どうやら女の子らしい。

 私はジャスティニアスを見た。彼は下唇を突き出し、肩をすくめてみせた。私はほっとした。どうやら、冗談の通じぬ相手ではないようだ。
「こいつ、さっきの泥棒だぜ!」
 赤髪のタルタルが、私に指をつきつける。
 ジャスティニアスが過敏に反応した。
「それは本当か、クッキ・チェブッキ
「そうさ!」
「旅人よ、仔細を聞かせてもらおう」

 私はしぶしぶ、これまでのいきさつについて話した。とはいえ、プロミヴォンの話が通用するとは思えぬ。近くの海岸に漂着して、という話から始めたが、いきおいアミュレットを奪われたことにも言及した。そして私には、この3人が犯人であることを、十分疑うだけの根拠がある。ジャスティニアスは血相を変えて、3人を並ばせると、順番に拳骨で頭を殴りつけた。
「いってえ!」
「行き倒れの人のものを取るとは、何事か!」
「だってこれは、プリッシュのだよ」
 青髪のタルタル嬢が、アミュレットを取り出した。
「ほら、見てみてよ。この人が盗んだんだ」

 ジャスティニアスはアミュレットを受け取り、仔細に検分した。「……むむ」と小さくうなり、目を離して顔を上げる。
「確かに、プリッシュのものに似ているようだが……」
「そうだろ!」
「そうだろ!!」
「まあそれは、本人が帰ったら確認できることだ」

 たまらず、私は口を出した。どうもアミュレットに関しては、私を置き去りに話が進行しているようだ。
「すまないが、それは預かりものだ。何とか返してくれないだろうか」
「プリッシュに渡されたとでもいうのかね」
「本人かもしれん。名前はわからないが、美しい紫色の髪をしている……」
「うんうん」
「少年だ。黒い服を着ている。一言も喋らない」

 途端、タルタル3人組が、腹を抱えて笑い出した。ジャスティニアスまでもが、苦笑を抑えきれないでいる。
 彼は拳を作って、私の胸をとんと殴った。

「アミュレットの件は、嫌疑には違いない。だから、プリッシュが帰るまではここにいてもらう。自分の身分はわきまえていることだ。それから……チェブキー三兄妹が笑い転げた理由は、あんたが彼女と会えたらわかるだろうよ」

(05.05.13)
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