その355 キルトログ、タブナジア地下壕に滞在する(1)
吊り橋を渡っていくと、大きな洞窟が口を開けていた。Ragnarokの言っていた、地下壕への入り口だろう。私たちは周囲を見回し、獣人がいないのを確かめてから、中へ入った。尾行されていてアジトが壊滅、というような、馬鹿な事態を防ぐためである。 太陽の輝く外界から、突然暗い穴の中に踏み込んだので、目が慣れるまで待たなければならなかった。なだらかな坂を下っていくと、道の奥にぼんやりとした灯りが見えてきて、「何者か」と唐突に――それこそ何者かに――誰何された。 暗闇から顔を出したのは……。 私は斧を抜こうとした。ナグモラーダが「待て!」と言い、私を押しとどめた。彼の語気は鋭かったが、周囲をはばかるかのような囁き声だった。 「お互いよくわからぬ土地だ。今は休戦と行こうじゃないか。洞窟を潜ったときから、我々は見張られている。そら、何者かの視線を感じるだろう?」 この洞窟が本当に、Ragnarokの言ったような性格を持っているなら、住人が過敏な反応を取っても不思議はない。その点は、マウラやセルビナ、カザムやラバオなどとは違う。我々は歓迎されてはおらぬ。あくまでも遭難者に過ぎないのであって、決して敵意はない、ということを証明せねばならないのだ。 遠くから見えていた灯りは篝火で、洞窟が広大であるため、ぼんやりと光が拡散しているようだった。太い石の柱と石筍の脇を抜けて、奥の灯りに迫ろうとしたとき、石の陰から不意に話しかけられた。本日二度目の誰何である。 「旅人よ、どこから来て、どこへ行こうというのだ」 のっそりと出てきた男……年齢は30代といったところか。ヒュームには珍しく、彫りの深い顔立ち。肌は浅黒く、黒髪を後ろで縛っている。上背はさほどないが肩幅が広い。鎧は華美で、青地に施した金装飾がきらきら光っている。クォン大陸では見たことのないデザインだ。タブナジア産の鎧なのだろうか。 「俺はジャスティニアスだ。やましいことがないなら、我が問いに答えよ。時間を忘れた町に、いったい何の用がある?」
そのとき岩陰から、新たな人影が飛び出てきた。 「そうだ、何の用だ!」 ひとり。 「潔白をしめせ!」 ふたり。 「決闘で証明よ!」 3人。 小さなタルタルたちが、私の足元に群がってきた。めいめいにファイティングポーズを取って、身体を揺らしている。それぞれ黄色い髪、赤い髪、青い髪だ。最後のタルタルは、頭の両脇で青い髪を団子状にくくっている。髪型からして、どうやら女の子らしい。 私はジャスティニアスを見た。彼は下唇を突き出し、肩をすくめてみせた。私はほっとした。どうやら、冗談の通じぬ相手ではないようだ。 「こいつ、さっきの泥棒だぜ!」 赤髪のタルタルが、私に指をつきつける。 ジャスティニアスが過敏に反応した。 「それは本当か、クッキ・チェブッキ」 「そうさ!」 「旅人よ、仔細を聞かせてもらおう」 私はしぶしぶ、これまでのいきさつについて話した。とはいえ、プロミヴォンの話が通用するとは思えぬ。近くの海岸に漂着して、という話から始めたが、いきおいアミュレットを奪われたことにも言及した。そして私には、この3人が犯人であることを、十分疑うだけの根拠がある。ジャスティニアスは血相を変えて、3人を並ばせると、順番に拳骨で頭を殴りつけた。 「いってえ!」 「行き倒れの人のものを取るとは、何事か!」 「だってこれは、プリッシュのだよ」 青髪のタルタル嬢が、アミュレットを取り出した。 「ほら、見てみてよ。この人が盗んだんだ」 ジャスティニアスはアミュレットを受け取り、仔細に検分した。「……むむ」と小さくうなり、目を離して顔を上げる。 「確かに、プリッシュのものに似ているようだが……」 「そうだろ!」 「そうだろ!!」 「まあそれは、本人が帰ったら確認できることだ」 たまらず、私は口を出した。どうもアミュレットに関しては、私を置き去りに話が進行しているようだ。 「すまないが、それは預かりものだ。何とか返してくれないだろうか」 「プリッシュに渡されたとでもいうのかね」 「本人かもしれん。名前はわからないが、美しい紫色の髪をしている……」 「うんうん」 「少年だ。黒い服を着ている。一言も喋らない」 途端、タルタル3人組が、腹を抱えて笑い出した。ジャスティニアスまでもが、苦笑を抑えきれないでいる。 彼は拳を作って、私の胸をとんと殴った。 「アミュレットの件は、嫌疑には違いない。だから、プリッシュが帰るまではここにいてもらう。自分の身分はわきまえていることだ。それから……チェブキー三兄妹が笑い転げた理由は、あんたが彼女と会えたらわかるだろうよ」 (05.05.13)
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