その356

キルトログ、タブナジア地下壕に滞在する(2)

 こうして私たちは、条件つきでありながら、地下壕の滞在を許された。

 ヴァナ・ディールを旅して数年、人間のいろんな居住地に足を運び、入り口で尋問されることはあったものの、かりそめにも泥棒の疑惑を受け、名誉を傷つけられたのは初めてである。ただし、友好的とは言えない彼らの態度も、中に入れてくれるだけましなのかもしれない。冒険者の先達が既に訪れているはずだから、彼らも外から来る者にはいくらか寛容なのだろう。

 入り口の洞窟を潜ると、両脇に出口が伸びていた。駆けていって確かめたが、両方ともルフェーゼ野か、ミザレオ海岸に続くようである。石筍を越えると石造りの門があり、両脇に武器を収める棚があった。鎚矛や斧槍が入っている。華美な装飾が施されているが、この手のものはほぼ飾り物か祭祀用で、実戦の役には立たぬ。タブナジアの鍛冶製造が活発とは思えないから、昔のやつをかき集めてきたのかもしれない。そう言えば妙に年代ものの、ずしりと重そうな武器ばかりが並んでいるではないか。

石造りのアーチ

 地下壕とは言うものの、規模は相当に大きいようだ。石造りのアーチを潜ってみて、私は風景に驚かされた。

 タブナジア地下壕は、縦に長い筒のような構造を取っている。中央にぶちぬきのホールがあり、天井に開いた大穴から、穴を覆い隠す木々の茂みと、鉛色の空が覗いている。フロアは3階ほど重なっていて、石造りの階段を使って行き来できる。土や岩を崩しただけではなく、しっかりと石材を切り出し、壁や廊下を作っているのは驚嘆させられる。地下深くまで続くホールの上には、幅広い木製の吊り橋が横切っている。吊り橋は大穴の真下を通るので、雨や月光を直接受ける格好だ。吊り橋の周囲には紅色の布が垂れ下がる。細かい紋章が縫ってあるところをみると、おそらくタブナジアの国旗か、それに近いシンボルなのだろう。

 冒険者の姿がちらちら見られたが、多いというほどでもない。住民は私たちの存在がまだ珍しいらしく、私とLeeshaが通っていくと、露骨に興味の目を向けてくる。エルヴァーンが多いのかと思いきや、そういうわけでもないらしく、ヒュームの男女の姿も目立つ。タルタルとは会ったばかりだが、ミスラとガルカの姿はほとんど見ない。
 
 冒険者とタブナジア人の違いは顕著である。見ただけで違いがわかる。動きのきびきびしている奴は、ほぼ例外なく冒険者だ。おしなべて地下壕の人間には生気がない。顔色も肌の色つやも悪い。子供はひどく痩せているし、女は妙におどおどしている。「あの……」と声をかけて来ながら、慌てて立ち去った洗濯女がいたが、これなんかは好例だと思う。彼らは穴倉の生活に慣れてしまって、来訪者との接し方を忘れてしまったのだろう。

立体的なタブナジア地下壕。
天井には大きな穴が開いている

 地下壕内を巡回している兵士の姿を見かける。その姿は滑稽だ。彼ら同士の鎧に統一感がないばかりか、人によっては、上下の装備品すら釣り合っていない。例えば、華美な彫り物の浮いた鎧を上半身に、レザーの下穿きを下半身に、という具合だ。一般人の格好もぱっとしない。一様に生気がなく、顔を伏して歩いている様子が、余計に垢抜けなさに拍車をかけているようだ。

 私たちが入ってきた入り口は、3階あるフロアの真ん中――すなわち、最下層を1階とするも、最上階を1階とするも、2階にあたる。通路がまっすぐ南へ伸び、ホールの外周の脇道から、居住地へ繋がっている。2階は西へ。最上階は東へ。居住地全体は奇妙な∞型をしており、鋭角に切り返す急な坂が多いので、歩くだけでへとへとになってしまう。迷子にもなりやすいから注意が必要だ。

 最上層へ続く坂のところに、エルヴァーンの子供が2人遊んでいたので、どこかに武器屋はないかと尋ねてみた。彼らは無言でホール外周の通路方向を指差す。そちらに足を運ぶと、蚊のような声で話す商人がおり、たいしたものはないが見ていって下さいという。忌憚なき意見で悪いが、本当にたいしたものがない。品物はわずかに2品で、その内の一つは錆の浮いたロングソードだ。防具屋も同様の調子である。唯一の例外は雑貨屋で、ルフェーゼ蝿という釣りえさが、なかなかの掘り出し物だったようだ。釣りをするLeeshaがぱちぱちと手を叩いていた。このような特産品の例外を除けば、商工業に期待の出来ぬ事情がら、タブナジアで商品を買う利点はほとんどない。

 私は倉庫に行ってみた。食料や臨時物資を貯蔵している。頬のこけたタルタルが木箱に腰かけていて、長い期間節約に励んできたものの、近いうち何もかもが底をついてしまうだろう、と言う。タブナジア地下壕は、恒久的な絶望に支配されているようだ。時間を忘れた町、とジャスティニアスは言った。だが時は正直であり、彼らはゆっくりと老いの――滅びの坂を下り続けているのだ。


礼拝堂

 吊り橋を渡ったすぐ先に、アルタナの礼拝堂を見つけた。経典が開いたまま供えられている。ためしに読んでみたが、おなじみの人類創造の話だった。タブナジアはサンドリア文化の影響を強く受けたはずであり、経典が共通していても不思議ではない。私は少しがっかりしながら、アルタナ像に頭を垂れて、この地で死んだ人々の魂に祈った。

 私は立ち上がり、通りがかったエルヴァーンの男を呼び止めた。プリッシュという女性が戻っていないかを尋ねてみる。
 彼は怪訝な顔をして、彼女に何の用だと問う。いやなに、と私は首を振って、プリッシュに許可を貰わないと、この町を去れないのだと言う。すると彼は苦笑しながら、通路の奥を指差してみせる。
「プリッシュの部屋はあっちだよ」と言う。
「でも、勝手に入らない方がいい……ぶっとばされるからな……何なら、長老に会ってみたらどうだ。許可なら彼にも貰えるだろう」

 そこで、彼の言う道を辿り、頑丈な樫作りの扉の前に出る。コンコンとノックをして、か細い返事が戻ってくるのを確認してから、私は長老――タブナジア地下壕の長に会うため、部屋の中に足を踏み入れる。

(05.05.20)
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