その360

キルトログ、彫られた花を観賞する

 新タブナジアを覆う、陰鬱な影。エリシャとプラデューロとの一件は、私を打ちのめした。
 クリスタル戦争は、終わってはおらぬ。
 地下壕の外では、もはや過去になってしまっているものが、この穴倉の中では、瘧(おこり)のように人々の心を蝕んでいる。地下壕のいたるところから聞こえてくるのは、永遠に過去と共生せざるを得ない、人々の悲痛な心の叫びなのだ。
 ジャスティニアスの形容が思い出される……タブナジア、「時の止まった街」……。


 エリシャの髪飾りを作ったという人物に会ってみた。
 彼はエルヴァーンで、遠目に見ると若いようだったが、肌は青白く、握手する手には力がなかった。
 ああ、この人もかと私は思った。

「細工は、もう致しておりませんのですが」
 女性のように滑らかで、小さい手を、彼はすっと引いた。
「エリシャさんに頼まれると、昔の仕事を思い出します……私には娘がひとりいたのでしたが……」
 私たちはよもやま話をした。私は彼から、地下壕での暮らしや、周辺地について情報を得たかった。その見返りにと思い、外の世界のことをいろいろ話したのだが、彼は生返事をするばかりで、まじめに聞いている様子がない。現在の世界情勢について、さぞかしみんな興味があることだろう、そう考えていた私の思惑は、すっかり外れてしまった。
 そして彼の話題は、実用的な色彩を帯びることなく、すぐに娘に関することに戻っていく。その言葉の端々から、彼女が5歳であることはわかったが、彼の口調には、親ばかの人間に特有の熱っぽさがない。
 少々疑問に思う一方、辟易もしていたところで、会話が突然に途切れた。

「おお、ラミーネ

 細工師フレッシェクが――それが、彼の名前だった――通りかかったエルヴァーン女性に手を振る。彼女は髪も短く、顔つきは青年のようだったが、ぴっちりとした白の上着が女性であることを強調していた。タブナジア人には珍しく、行動的な印象を受ける。腰には長剣を下げているし、こちらへ近づいてくる足取りも、きびきびしていて力強い。
 細工師は、妻です、といって彼女を紹介した。
 私は彼女と握手をした。
「どうだろう、ラミーネ」
 手をこすり合わせながら、フレッシェクが言う。
「この方は、危険なルフェーゼ野を抜けてきた方だ。とてもお強いのだ。せっかくお会いできたのだから、シェミーの捜索をお願いしてみては……」

 ラミーネは物憂げな顔をしていたが、シェミーという名前を聞くと、さっと血の気を走らせ、気丈な性質をあらわにした。
「あなたは、この町の状況がわかっていないのね」
 低い声で言って、
「いかなる理由があっても、勝手な行動は慎むべきよ。よそから来た方に、ご迷惑をおかけすることはないわ」
「しかし、せっかくの機会じゃないか」
「駄目」
「行方がわからないままでは、あの娘がかわいそうだ」
「は! かわいそうですって!」
 彼女はけらけらと笑った。
「5年前、シェミーをそんなふうにしたのは、どこの誰よ?」
 
 フレッシェクは何か言い返そうとしたが、言葉が出てこないらしく、嘆息と共に矛を収めた。その彼に、語気鋭くラミーネが迫る。
「フレッシェク。くれぐれも勝手なことはしないで、いいわね」
 彼女は憤懣やる方ないといった様子で、立ち去った。私のそばを通るときに、頭を下げる冷静さだけは残していたが。


ラミーネ

 細工師は沈黙している。私は彼の肩をたたき、だいたい事情は読めましたよ、と言った。
 彼ら夫婦には娘がいる。名前はシェミー。彼女は5年前、地下壕の外で行方不明になった。当時5歳。ラミーネの口ぶりから推測すると、彼女の失踪については、夫の「勝手な行動」が大きく関係しているようだ。

「ルフェーゼ野のはずれに、青い花を摘みに行ったんです」
 フレッシェクは言った。
「娘が、どうしてもってせがむものだから。シェミーの喜ぶ顔が見たいばかりに……しかし……。
 彼女は、オークにさらわれて……」

 顔を覆った両手の間から、嗚咽が漏れ出したので、私は努めて淡々と聞いた。エルヴァーンの女の子がいるとして、娘さんであることを示す、手がかりか何かありましょうか。

「妻と同じ腕輪をしています」と彼。
「私が彫ったものです。独自にデザインしたものなので、同じものは他とないでしょう」
 無駄かもしれないが、一応聞いてみた。彼女の容姿に特徴は。
「特には、思いつきません」


 ホールを離れたはずれの坂道に、ラミーネはいた。中空を見つめている。警護に心はりつめている様子はない。彼女の装備をよく見たら、なるほど右の上腕部に、きらきらと輝く銀製の腕輪をしている。
 私が通りかかると、彼女は再び頭を下げ、先ほどはどうも、としおらしい挨拶をした。
 いい腕輪をしていますね、と私は言った。
「夫が作ったものですわ」
 ちょっと拝見、と目を近づけた。表面に花が彫ってある。二枚の花びらが左右に開いていて、茎はまっすぐに伸び、その中腹に小さな葉が密生している。
 ツユクサに似ていますな、と素人の意見を言った。茎と葉を見る限り、キキョウ科の花のようにも思えるが。
「お詳しいのですね」
 冷や汗ものだ。
「私は見たことがなくて。剣術ばかりの人生でしたから」
 確かに、彼女にはそんな空気がある。繊細そうなフレッシェクとは妙な取り合わせだが、互いに持たぬものを持っており、一方では釣り合いがとれているようでもある。
 ラミーネは、嘆息して言った。
「夫に、何か頼まれたのですか」
 いいや、と私は答えた。これは、ちょっとした嘘かもしれぬ。
「あの人は、過去と決別できてないんです。いつまでもずるずると、娘のことを引きずっている。私たちには、振り返る余裕なんかないのに。そんなことだから、前に進むことが出来ないんです」

「あなたには、それが出来ていると?」
 私が言うと、ラミーネは言葉に詰まった。
「だって、5年も前の話ですわ……もう」
「20年たっても、忘れられぬものはあります。そういう人たちが――ここには、少なくないようだ」
「……」
「奥さん、過去と決別するとおっしゃったが」
「……はい」
「過去とは決別するものでない。決別したものを、過去と呼ぶんです」
「……」
「腕輪をお借りしてよろしいですか?」

「おお、そんな」
 ラミーネは涙声で、右腕をかばった。
「そんなご迷惑を……旅の方に、わざわざ……私たちのために」
 彼女の手をほどきながら、私は言う。
「いつだって我々は、おせっかいな事しかしないのですよ」
 にっこりと笑って、
「私にも連れがおります。地下壕に篭ってばかりも退屈ですから、ひとつ外まで足を伸ばして、その綺麗な、青い花を探してみることに致しましょう」


(05.05.29)
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