その361

キルトログ、消えた娘の手がかりを探す

「湖へ出かけるのだね」
 Leeshaとホールの橋を渡り、ルフェーゼ野へ向かおうとしたときに、老婆に話しかけられた。彼女は日がな一日、橋のたもとに腰をかけて、天井の大穴を見上げている。晴れの日も、雨の日も。
 石みたいだった婆さんが動き、口をきいたので、私とLeeshaはすっかり面食らった。
「もうすっかり噂だよ。漂流者がフレッシェクの娘を探しに行くって」
 さすが狭い地下壕だ。身支度をするわずかな時間に、ほぼ全体まで伝わったとみえる。
 私は気になって、老婆に問いただした。
 ――どこへ出かけるって?
レレミュー湖だよ。ラミーネに聞かなかったかね」
 ――何を?
「鈍い人だね、あんた」
 老婆はぷりぷりと怒って、
「彼女が青い花を探した場所さ。妾が、大昔に一度遠出したとき、綺麗で珍しいなと思って、覚えておいたのさ。それをフレッシェクに教えたんだよ。あの子が腕輪に彫ったのは、まさしくその花だね。
 ラミーネは、そんな植物は見たことないって言ってた。もっともあの娘だったら、ゲンノショウコも珍しいと言うだろうさ。下みて歩くようなたまじゃないからね……。花を探すなんて、まったく彼女にお似合いじゃないね」
 私が探すとしたらどうだろうか、と尋ねてみた。
「得意そうには見えないがね」
 ――それはどうも。
「でも、いいんじゃないかね……。あんたがもし、何も成果を上げなくても、あの2人の関係に、変化が訪れればね。シェミーがいなくなってからは、見てられなかった。私たちはみんな、失うことのつらさがわかっているけど、それでもね……誰でも人は……生きてかなきゃならないんだから」


 私とて、何かが見つかると期待していたわけではない。何しろ5年も前である。珍しい、青い花の咲いている湖の岸辺で、彼らの娘はオークに攫われた。生きた彼女を連れ帰るなんて無理だ。私の出来ることはせいぜい、問題の花を摘み帰り、彼らの心のなぐさめにしてもらう程度だろう。

 だが、意外な成果があった。

 問題の湖とは、ルフェーゼ野北部に位置する、仲間が案内してくれた場所である。確かに周囲は花畑で、白や紫の多年草が、歩を進めるたび足首を包み込む。オークの祈祷師が徘徊しているのが見え、邪魔になるなら片付けようと、斧に手をやったときである。空気を切り裂くようなごーーっという音が聞こえ、稲妻のような素早さで、湖の上空を何者かが飛び去っていった(注1)


(Leesha撮影)
(Leesha撮影)

 私とLeeshaはアッと言った。南の空に去ったそいつを呆然と眺めていると、生き物はぱたぱたと羽ばたきをし、やがて滑空を始めた。この位置からでは鳶にしか見えないが、湖面を通り過ぎるときは、まぎれもなくもっと大きな――翼竜の一種に思えた。もしかして、タブナジアのアーチ岩の周辺を飛んでいたのは、あの生き物なのかもしれないな、と二人で話し合った。

 生き物が戻ってこないのを確認して、私は探索に戻った。動悸が抑えられなかった。Leeshaが、何か落ちているよと言う。確かに露濡れの草陰に、きらきら光るものがあった。私たちが近づいていくと、オークが数匹、花畑を踏みしめながら追いかけてきて、得物を振り下ろそうとする。私たちは、あっさり奴らを退けた。いかに2人とはいえ、鍛えられた実力は伊達じゃないのだ。
 オークの死体の傍らで、拾得物を検分する。だいぶ苔の浮いた、輪状の何かだった。指輪にしては大きいし、腕輪にしては小さい。手袋で擦ってみたら、表面の苔が崩れ、銀色の地金が覗いた。よもや、と思って湖水をくみ上げ、手ぬぐいで綺麗に磨いてみる。まごう事なき銀製の腕輪が現れた。もっとも、ひどく細い腕の持ち主であろうが――タルタルか、あるいは子供か。
 表面のレリーフを、近くに咲いている青い花と照らし合わせてみた。一目瞭然だった。茎、葉、花のかたち、すべてが完璧だった。あらためて、細工師の見事な腕前に感嘆する。だがこれは、依頼者の切なる願いが途絶えた証拠でもあった。
 私は、悪いニュースを持ち帰らねばならぬ。



 くすん、くすん……。
 どうしました?
 おかあさんに、おこられちゃった……。
 大丈夫ですよ。あやまったら、おかあさんも許してくれたでしょう?
 くすん、くすん……。
 泣かないで。ほら、見てごらんなさい。
 うわぁ……。
 おかあさんのと同じものですよ。
 とってもきれい!
 あなたにあげます。大事になさい。
 ありがとう、おとうさん。これは、何ていう花なの?
 名前は忘れてしまいましたが、おとうさんが若い頃に、植物の図鑑で見たものなんです。
 このあたりに、咲いてないかな?
 湖のほとりにあると聞きました。少し遠くなのですが……
 ほんとう? おとうさん、わたし、その花が見たいなあ……とっても……!


 フレッシェクは腕輪を受け取り、しげしげとそれを眺めていたが、気丈にも涙は見せなかった。
「そうですか……花畑に……」
 ラミーネが近づいてきた。
「ああ、これは……」
「この方たちが、見つけてきて下さったのだ」
 私たちの沈黙を感じ、ラミーネは事態を察したらしい。彼女は肩を震わせ、俯き、しばらく耐えていたが、やがて小さくすすり泣きを始めた。その頭を、夫がそっと抱き寄せる。妻が腕の中で、シェミー、シェミーと呼ぶ。
 気の強いラミーネは泣き崩れ、フレッシェクが冷静に胸を貸す。意外なように思えるが、その一方で、何だかとても納得いくような気もする。
「花の咲いているところに、あったのですか」
 フレッシェクが冷静に尋ねた。
 私はいきさつを語った。草むらに光を見たこと。苔だらけの腕輪を見つけ、それを湖水で洗ったこと。オークについては伏せておいた。無用な話をして、夫婦を余計に悲しませることはない。
「フレッシェク……前に、探したの。私が」
 ラミーネが小声で言った。
「私が、探しに行ったの。ごめんなさい。私だって、あなたのことは言えない。ひとりで行動して……でも、どうしても見つからなかった。花も、シェミーも」
 すべてわかっている、というふうに、フレッシェクは微笑んだ。
 彼は、私の手を取り、頼もしい力で握手をした。
「あの花は、悲しいことがあると咲かない、と言われているそうです。もしかして、単なる伝承、迷信のたぐいかもしれません。だが、妻にはわからないで、あなた方は見つけてきた。そこに、私は何らかの意志を感じます。
 腕輪もそうです。もしそれが、苔で汚れていたのなら、おそらく……光るはずもなかったでしょうに。
 きっとあの娘が、私たちを励ましてくれているのでしょう。そう思って、2人で生きていきます。これからも。
 本当に、ありがとうございました」

 
 彼らはもう平気だろう、と思った。終わらぬ悲しみはない。時間がいつか癒してくれる。フレッシェクもラミーネも、十分に代償を払った。もし彼らが希望を持てるのなら――同じように、皆が未来に進めるのなら――この地下壕も、決して捨てたものではない。

 タブナジアは、少しずつ、忘れた時間を取り戻し始めている……。


注1
 この翼竜は、14時30分ごろ、レレミュー湖の上を通り過ぎます。


(05.05.23)
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