その362 キルトログ、侯国騎士団見習になる 「カーーーッ!」 老人が突然声をあげたので、私はびっくりした。 彼は、腰に差してある宝剣に手をやり、宙に突き上げた。エルヴァーンの老人――ケルビュイアは、年齢にしては驚くほど機敏だったが、掲げた剣は小刻みに震えていたし、それを鞘に戻すにも少し手間取っていた。寄る年波のせいかもしれぬ。 「誇らかなり、誉れ高きタブナジア騎士団! 謳え、我等が勝利を! 凱歌をあげよ!」 とんでもない時代錯誤な爺さんだ。 「そなたも、タブナジア神殿騎士団の入隊希望者か?」 そう聞かれて、お、と私は身を乗り出した。 タブナジア文化は未知の部分が多い。国が滅んで久しいし、サンドリアの影響を色濃く受けていたから、独自性を抽出するのも難しい。自警団のジャスティニアスや、この老人が着ている蒼色の鎧は、伝統工芸の名残であると思われる。こうした品物を見つけるのは難しい。断片的にしか残ってないからだが、かたちあるものでさえそうなのだから、無形文化は言うに及ばぬ。この点で、老人たちは貴重な証人、生きた資料そのものだと言える。歴史を学ぶ者にとって、彼らの話は宝石以上に貴重なのである。 全身鎧を着込み、背筋を伸ばし、大股で闊歩しているエルヴァーン――明らかに場から浮いている老騎士に、声をかけたのはそのためである。彼が私を見るやいなや、いきなり喝と言ったので、私は驚いたのだった。 ケルビュイアは言った。神殿騎士団に入りたいのかと。神殿騎士団! サンドリアの弟国であったタブナジアは、騎士団の編成もこれに倣ったのだろう。だが、タブナジア神殿騎士団は、一体どこに帰属するのだろうか。この点が、私の興味を強く引いた。 侯国の権威に従うなら、彼らは侯爵の傘下にあるだろうし、アルタナ教の体制に従うなら、サンドリア国教会に属するだろう。サンドリア神殿騎士団は、両面の性格を持っていた。タブナジアも同様かもしれないが、国そのものが属国であるため、事情がさらに複雑だったに違いない。 まさにこういう点において、私は熱意を示したのだが、老人は誤解したようだった。「よろしい、そんなに入りたいなら」と肩を叩く。そんなことを言った覚えはないのだが。 「神殿騎士団には、欠員がない。侯国騎士団への入団を勧めたい!」 欠員がないのなら、最初から言うなよと思ったが、黙っておく。まともに話を聞くのは難しそうなので、入団希望者ということにしておき、侯国騎士団についての情報を集めるとしよう。
私が落胆したことに、ケルビュイアの説教は、簡単なものだった。 「健全な肉体と、不屈の精神が必要だ!」 これだけである。侯爵家への忠誠を誓わされたり、儀礼行為を強要されるわけではない。とはいえそういうものは、騎士としての資質を判断された後に来るのかもしれぬ。彼は、見張り台の巡回を命じて去っていった。だからひとまず、ケルビュイアが言ったとおりの任務を、しっかり遂行して戻ってくることにする。 見張り台で凶暴なオークと戦ってきた。Leeshaと二人で景色を眺めていると、オークがとんとんと階段を駆け上がり、突然飛びかかってきたのである。何の刺客か知らないが、現在の私たちの敵ではない。さほどてこずることもなく、獣人を返り討ちにした。ただし戦いが慌しく、戦利品を持ち帰る余裕はなかったのだが。 いいかげん夜も遅くなったので、地下壕へ戻った。住民が休んでいるせいだろう、中はすっかり静かだったが、ケルビュイアは礼拝堂の前に腕組みをして立っていた。どうやら私たちを待っていたらしい。 「お前たちは、立派につとめを果たしたな!」 胴間声で言う。何を根拠にと思ったのだが、彼は私たちの胸甲の、返り血の染みを見ているのだった。 「合格だ! さあ、勇壮なる騎士の誕生だ!」 彼は大声で笑い、おめでとうと私たちの肩を叩く。こんなものでいいのだろうか。私はもう少し、形式的なものを要求されると思っていたが。 「見習、いつでも鍛錬に励め!」 彼は怒鳴って、私に2100ギルを渡した。そうだ、と思った。私は見習に過ぎず、決して正式の騎士ではないのだ。ならば私の望んだ文化は、騎士昇格時に明らかになるかもしれぬ。もっとも、本格的にそうなるときまで、地下壕に留まり続ける気はさらさらないのであるが……。 (05.05.29)
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