その363

キルトログ、フォミュナ水道の話を聞く

 タブナジア地下壕で、私たちは、プリッシュの帰りを待っている。彼女は、私が持っているのと同じ――あるいは、非常によく似た――アミュレットを持つ。彼女の帰参により、私が泥棒ではないと証明されたとき、初めてこの町から解放されるのだ。地下壕には長老もいるのだが、実質的なリーダーを担っているのは、やはりプリッシュのようである。

 地下壕を訪れて、すでに10日が過ぎている。そろそろ大陸へ戻りたい、と思い始めたところだ。いろいろと悲しい現実を見せられ、私たちにも住民の鬱が感染し始めている。ジュノの喧騒が、ウィンダスののんびりした空気が懐かしい。だが本土への帰参は、ずっと許されないままなのだ。もしプリッシュに大事があり、このまま戻らなければ、この地に骨を埋めるとは行かぬまでも、相当長く足止めを食わされるに違いない。


 あんまりプリッシュの音沙汰がないので、いらいらしていた頃である。私たちは地下壕の最下層で、数日ぶりにジャスティニアスに会った。
 彼は大扉の警護をしていた。樫の両開きの扉だが、尋常な大きさではない。ダルメルが2頭、並んで通れそうなほどの幅と高さを誇る。頑丈にかんぬきが掛けられており、向こうから開けることは出来なくなっている。ちょっとした城門以上の警備ぶりだ。一体どこに通じているのか?

フォミュナ水道だ」
 ジャスティニアスの返事である。
「入れてはやらんよ。奴が徘徊している、危険極まりない場所だ。命が惜しかったら近づくな。いつ扉を破って、中に侵入してくるかもしれん」
 私はごくりと唾を飲んだ。“奴”というのは?
ミノタウロス

「興味あるお話ですな」 
 聞き覚えのある声が、背後でした。私は顔をしかめた。この男の存在を失念していた。姿を全然見ないので、とっくに帰ったものとばかり思っていたのだ。
「どうでしょう、この冒険者たちに任せられては。彼らは世界を巡り、試練に挑戦する存在。腕前は明らかです。試してみる価値はあると思いますが」


フォミュナ水道入り口

 突然しゃしゃり出てきたと思ったら、この男はいったい何を言い出すのだ。隣に目をやったら、Leeshaも眉を寄せて、不快感をあらわにしている。

「これはまた、無茶なことを言う」
 ジャスティニアスも失笑気味に、
「ミノタウロスは凶暴な怪物。ミルドリオン枢機卿の御手によって、地下水道と大聖堂には、強力な封印が施されている。その影響にあって、奴の力は半減しているはずだが、ともすれば扉に打ちかかり、内側から恐ろしい力で破ろうとする。そんなときは、我々自警団が総出で抑えなければならん。わかるか、奴は扉の向こうにいてさえ、我々をおびやかす存在なのだぞ」

「失礼ながらあなた方は、外のオークを追討することが出来ない」
 ナグモラーダが言うと、ジャスティニアスの頬がぴくりと動いた。
「しかしこの2人は、奴らをものともしない。わかりますか」
「我々が弱いと言いたいのか?」
 ジャスティニアスは、私をちらりと横目で見てから、
「見たところ、そのガルカ氏は斧使いのようだが、自分も斧の腕にかけては、人後に落ちぬつもりだ。何なら手合わせをお願いしてもいい。そうしたら、自警団の実力もわかろうというもの」
 彼の口調には、だんだん熱が篭っていったが、ナグモラーダは意に介さなかった。
「いえ、いえ」と顔前で指を振ってみせる。
 そういう動作のことごとくが神経に障るのである。ジャスティニアスも同じ感想のようだ。私はだんだんと――同じ得物を使っている、という親近感もあり――ジャスティニアスに好意を感じ始めていた。

 ナグモラーダは慇懃に言った。
「率直に言わせていただければ、自警団では数に限りがありましょう。オークから地下壕を防衛する一方で、怪物討伐の決死隊を組む、そのような戦力の余裕はございますまい。無理をして危険を冒さずとも、冒険者におまかせになればよいのです。もはや大陸ではそれが通例となっている」
「客人を使い捨てる気はない」
 ジャスティニアスはぴしゃりと言った。私はますます、彼のことが好きになった。そして、いつしか私たちの立場が、アミュレット泥棒ではなく、客人に格上げされていることに気がついた。
「大陸では、彼らに雑用をさせるのかね」

「雑用というと聞こえが悪い。傭兵のようなものです。我々ジュノ大公国では、彼らに存分に働いてもらっているのですよ。冒険者は雇われるのが仕事ですからね」

 ナグモラーダはぬけぬけと言った。あと数秒たっていたら、ジャスティニアスは彼を殴り倒していたかもしれぬ。だが実際には、わあわあと喧騒の声がわき起こり、私たちは気勢をそがれたのだった。声は、背後の岩陰から聞こえてくる。
 黄、赤、青の髪をした三人組が、暗闇から飛び出てきて、ナグモラーダの周囲を取り囲んだ。冷静なナグモラーダも、タルタルたちの襲撃には面食らったようだ。チェブキー三兄妹は、めいめいに小さな指を突きつけ、大きな声で彼を非難するのだった。
「やいお前は、悪い泥棒の一味だろお!」
「赤い旗の王国の奴だろお!」
「黒い魔道士の仲間だろお!」
「成敗してやる!」
 最後のは合唱だ。

 ジャスティニアスが、額を押さえてため息をついた。
「お前たち、下がっていろ」
「こいつ、悪者なんだぜ!」
「彼は、ジュノの政治家だと名乗っていた。まあ、悪者かどうかはしらんが」
 ちくりと皮肉を刺したようだが、ナグモラーダは涼しい顔だ。
「身許の確認が取れるまで勾留中だ。彼の言葉が正しいとするなら、サンドリアの人間ではない」
 
 ジャスティニアスの言うことを、聞いているのかいないのか、三兄妹は円陣を作り、くすくすと笑い合うのである。
「プリッシュが帰ってきたら、きっと死刑だよ」
「どうせ死刑なら、役に立たせようぜ」
「地下水道に放り込んで、おとりに使おうぜ」
「そんなことを言っていていいのか、お前たち」
 彼は呆れた様子で、
「お前たちは、プリッシュに警備をまかされたのだろう。なのに、外に遠出をしたりして……。あまり羽目を外していると、彼女にあらいざらい報告するぞ」
 えーーという声があがった。
「そりゃないぜ、セニョール!」
「そりゃないぜ、ハラペーニョ!」
「わかったら、さあ行け」
 ジャスティニアスがしっしっと手を振ると、兄妹は一目散に駆け去った。


 タルタルたちのおかげで、座が白けてしまった。もっとも、一触即発の空気が破れたことについては、彼らに感謝せねばなるまい。
 ジャスティニアスは、こちらを振り向いて言った。
「ミノタウロスの件は、考えさせてもらおう。自分の一存で決まることではないのでな」
 私はこくりと頷いた。
「それで、こちらのお二人だが、現状では身動きが取れんだろう。プリッシュの帰参も、我々の想定より遅れている。正直言って、いつになるのかわからん。あまり足止めをするのも申し訳ない。
 だから、あんたたちを解放しよう。地下壕に留まろうが、大陸へ帰ろうが、好きにしてもらっていい。
 ただし、アミュレットだけは預からせてもらう。プリッシュに確認さえ取れれば、いつでも返すことが出来るからな。どうだ」

 私は手を叩いた。預かり物が取られるのは心残りだが、束縛が解けるのは嬉しい。頃合いを見て、また来ればよい。その方法はまだ知らないが、IllvestやSteelbearに聞けばわかるだろう。
「長老や自分のもとに、あんたたちへの感謝の言葉が届いている」 
 ジャスティニアスは嬉しそうに言った。
「ぜひまた来てくれ。今度はちゃんと歓迎できると思う」
 きっと、と私は言った。
「さて……こっちのあんたは、お仲間待ちなのだろう」

 ナグモラーダは腕組みをし、忌々しそうに頷いた。
「私も、多忙の身なのですがね」
「おあいにくさま、だな」
「どのみち、ひとりでは帰れない」
 彼はぶつぶつと言った。
「そして、手ぶらでも。タブナジア地下壕の発見、これには大きな価値がある。新しい交易路を開拓できれば……。ふむ、また忙しくなりそうだ……」


 こうして私たちは、タブナジアを去った。謎のプロミヴォンから続く旅も、ここで一段落した。あのとき以後、少年が現れることはなくなったし、忌々しいナグモラーダにも会っていない。
 はたして、少年は何者だったのか。プリッシュとはどんな人物か。彼女は、何処へ何をしに出かけていたのか。アミュレットは同じものなのか。2人の間には、何か深い繋がりでもあるのか。
 謎が謎を呼ぶのだが、今はひとまず、大陸で休もう。機会があれば舞い戻り、怪物ミノタウロスに挑んでもいいのだが、それはまた、別の物語として語ることになるだろう。


(05.05.29)
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