その368

キルトログ、語り部の遺品を追う(2)

「お前さんには、参った!」 
 ダイドッグが、呵呵(かか)と笑った。彼の家である。私は、彼が入れたお茶――火傷しそうに熱いが、味はひどく薄い――をすすり、妻の作ったクッキーを齧っていた。
「これを食って、ラオグリムのことを思い出したよ……」
 やはり、と私は思った。ジンジャークッキーは、決して廉価なお菓子ではない。鉱山区の子供が食べられるとしたら、そういうものを大人が手に入れて、わざわざふるまってくれたのだろうと考えられる。その可能性が一番高いのが、語り部のそばである。ましてやダイドッグなら。
 
「お前さんに、話そうかどうしようか迷っていたが」
 ダイドッグは率直に心情を述べた。
「ラオグリムに関しては、お前さんのおかげで、気づかせてもらったこともある。だから、伝えておくのが筋だと思う。こころして聞いてくれ。
 さっき、ラオグリムの鎧のことを、ちょっとだけ話しただろう」

 聞きました、と私。

「実は昔、あいつは、サンドリアに特使として派遣されたことがある。そのとき友情の証として、騎士団に――どっちの騎士団だったか忘れたが――鎧を送ったことがある。あいつ自身が使っていたものだ。
 その鎧が、サンドリアから盗まれちまったそうだ……」

 私は思わず、笑い出しそうになった。ラオグリムの鎧を着た賊が、グスタベルグを疾走しているところを連想したからである。
 まあ、練武祭のようなわけがない。だとしたらやはり、今度こそノーグの海賊なのだろうか。
 犯人はわかっているのですか、と聞くと、わかっている、とダイドッグは答えた。
「どうも、ゴブリンの盗賊団のようだな」
 意外な返答だった。そいつらは鎧をどうする気だろう。商魂たくましいゴブリンのこと、自分たちで使うよりも、結局は天晶堂に転売することを考えるかもしれないが。

 ふと私は、語り部のことを思い出した。獣人との繋がりを連想した。可能性を吟味しようとしたが、やめた。それに関しては、考えることすら苦痛である。
 幸いにダイドッグは、私の逡巡には気づいていないようだった。
 彼は話を続けた。

「容易に想像がつくと思うが、獣人に鎧を、それも他国からの贈呈品を盗まれたとあっては、サンドリアとしても面目が立ちゃしない。奴ら現在、必死になって捜索にあたっている……。一方でバストゥークも動いている。ミスリル銃士隊の連中がな。何故だかわかるか」

 一応答えた。「鎧の損傷を惜しむのでしょうか」
 違うだろうと思っていたが、やっぱり違っていた。ダイドッグはチ、チと舌を鳴らした。
「奴ら、サンドリアの落ち度を抑えて、外交の手札のひとつにしたいんだ」
 奴ら、というところに力が篭っていた。
「くだらねえ、ヒュームの考えそうなことだ」

 私は考えた。鎧を無事に奪還できたとして、さて具体的に、どういう武器に使えるだろう?
 事実をそのまま公表するのは、間違いなく愚作である。彼らの面目を潰して、単にうらみを買うに終わる。基本的になりゆきは隠しておかねばならない。それでいて、ここぞというときに切り札を切らねばならないのだ。

 例としては、サンドリアが鎧を提示しなければならない状況に追い込み、負い目を持たせ、二国間関係を優位に進める。ただし、駆け引きが非常に難しい。もう少し泥くさく使うなら、王国の二王子の対立につけ込む。どちらかの陣営――ピエージェがよさそうか――に働きかけ、即位の後援を約束する。鎧を失った責任を、もう一方の王子へ負わせ、彼らの力関係の均衡を崩す。

 考えながら、だんだん嫌になってきた。私は渋面を作った。ダイドッグも同じ顔をしていた。少なくともこの点に関しては、意見の一致をみたといってよい

「だからお前さん、そいつを奪ってみないか」
 あたりをはばかるように、ダイドッグは声を落とした。家の中まで招き入れられた理由がやっとわかった。
「私は構いませんが」
 出来るだけ慎重に答える。
「ご自分が何を仰っているか、おわかりですか。ウィンダスの人間に、バストゥークの宝物を奪えなどと」
「国を売るわけじゃない、俺は」
 ダイドッグはにやにやと笑って、
「共和国の兵器庫を襲え、とそそのかすのでない。ゴブリンから鎧を取り返して来ないか、と提案しているのだ」
「……」
「盗賊団は、ベヒーモスの縄張りをねぐらにしている。アジトを急襲すれば、まだ間に合うかもしれん」
「……」
「どうだ?」
「それは、あなたの考えではないですね」
 ダイドッグが、ぐ、とひしゃげた声をあげた。
「少なくとも、あなたに情報を漏らした人物がいる……。ミスリル銃士隊に下された命令を知っており、犯人の目途をつける調査力があり、鉱山区にまで来て、あなたにそのことを話せる人物が……それは……」

 ダイドッグが、ごほん、ごほんと咳払いをする。私は最期のクッキーに手を伸ばした。これで、お菓子もお茶もなくなった。

「まあ、想像はつきますがね」
 私は立ち上がった。
「語り部の鎧に関する件、お受けしましょう。受けるという言い方も変ですが。手に入れた鎧をどうするかは、私が決めます。どうもごちそうになりました。これから早速、ゴブリン盗賊団の動向について、調べてみることに致しましょう」


(050612) 
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