その370 キルトログ、ミスリル銃士隊に会う うつむいたままでクフィム島に戻った私は、しばらく状況に気づかなかった。仲間たちは少し先へ行ってしまって、ひとりとぼとぼと、後を追うような状態になっていたが、何か声が聞こえた気がして、突然に立ち止まったのだ。 (……ルシウス殿なら……) まぎれもなく人の声、それもささやき声だった。洞窟の先に、数人の人影が見える。3人いるようだが、ひとりの体格は大きい。ここからだと逆光になり、顔は見えないものの、どうやら彼は私と同じガルカのようだ。私はそっと近づいていった。 「あっ、お前は……」 向こうが先に声をあげた。ガルカではなく、彼の傍らにいた一段小柄のヒュームだった。このとき、彼の顔がはっきりと見えた。 ガルカがむっつりしたまま、私に目線を向けた。もうひとりのヒュームも、不審そうに私を見つめている。髭をはやした壮年の男で、鉢巻をし、顔に真一文字の傷がある。このうち、2人には面識があった。ナジとアイアン・イーターとともにいる男、彼は誰だろうか。もっとも、想像がつかないわけでもないが。 「鎧に、新しい血がついている」 男が、私を見て言った。 「この先で、何者かと戦ってきたな。ベヒーモスの縄張りにいるのは、コウモリや死霊ばかり。そして、ゴブリン盗賊の留守役が3匹」 男の傍らに、一抱えくらいはある大きな荷物があった。布がかけられている。 「アイアン・イーター、どういうことだ。冒険者が、我々と同じ標的を狙ってきたとは?」 アイアン・イーターが肩をすくめた。ナジがにっこりと笑って、私に小さく手を振った。「どうやら」と男は続けた。彼の動作を見逃さなかったようだ。 「お前たちは2人とも、この者と知り合いのようだ」 天下のミスリル銃士ふたりを、お前呼ばわりする男。間違いない。グンパから聞いた特徴とも一致する(その187参照)。彼はミスリル銃士隊隊長、闇の王に直接とどめを刺したと言われる、ヒュームのフォルカーである。 「世界は狭いもので……」 アイアン・イーターがうそぶいたが、フォルカーの刺すような目線に遮られた。アイアン・イーターが黙っているので、今度は標的が私へと移った。 「いったい、誰に頼まれたね」 何をです、と私。フォルカーは、包みをぽん、ぽんと叩いた。 「みなまで言わせる気かね?」 フォルカーは、私をにらみつけた。彼は三白眼で、顔の傷跡のせいもあり、視線には非常に迫力があった。並の者ならすくみあがってしまいそうだ。伊達にミスリル銃士隊の隊長なのではない。 「アイアン・イーター氏に頼まれたのではありませんよ」 そう私は言った。視線が再び、アイアン・イーターに戻った。彼は組んでいた腕をほどいたが、堂々と胸を張っていた。 「隊長は、私が作戦を漏洩するとお考えですか。彼はウィンダスの冒険者で、天の塔にもつながりが深い者。共和国に禄をいただく私が、祖国の旗に背くような真似なぞ……」 「黙れアイアン・イーター」 フォルカーがぴしゃりと言った。 「ウィンダスでどのように登用されているか知らんが、彼はガルカである。お前たち種族の繋がりの太さは、私もじゅうじゅう承知しているつもりだ。 アイアン・イーター。私は決して、お前の忠誠心を疑うわけではない。しかし状況はいかにも特殊だ。ことはお前たちの語り部、ガルカ族の英雄に関する問題だからな。そうであろう」 アイアン・イーターが反論しようとしたが、フォルカーは手で遮った。 「お前が手を回し、鎧の奪還を命じたわけではないのだな」 「はっ、決して」 「ならば、なぜ彼がここにいるのだろうな。合理的な説明がつけられるか」 「……」 「……お前は、鉱山区で聞き込みをしたと言っていたが……」 「は……」 「その過程においては、必要最小限の機密漏洩は止むを得ん。聞き込みの相手に、余計な推量を与えることもあったと思うが、どうだろう」 「……そのようなことも、あったやもしれませぬ」 「ではその人物が、冒険者を雇ったとしても、不思議はないな」 「は……そうかもしれませぬ」 「ならば、責任の所在は問わぬことにしよう。以後気をつけるように」 「ありがとうございます」 鮮やかな矛の収め方だった。私はこのとき、フォルカーの口調や動作に、どこか状況を面白がっているような雰囲気を感じていた。 「さて、これをどうするかだが」 フォルカーは荷物にかがみ込み、布を一息に取り去った。黒い胸甲が現れた。腕を通す部分に紅蓮の枠取りがある。丈はひどく短いが、この鎧が持ち主を何度も救ったであろうことは、胸部に走った幾多もの傷から明らかだった。 「もし我々が、ここに到達するのが遅れていたら? この冒険者が一歩先んじて、盗賊団を倒していたら?」 「当然、彼のものになったでしょうな」 アイアン・イーターは言った。フォルカーは頷いた。 「あのゴブリンを倒せる……彼はそういう実力の持ち主だ。この鎧を着る資格は、十分にあると思うんだがな。アイアン・イーター、ナジ、お前たちはこれをどう考える?」 「ちょ……ちょちょ……」 黙っていたナジが突然、雛鳥のような声を出した。 「何を言ってるんですか隊長。この鎧は、我々が苦労して奪還したんじゃないですか?」 「そういえば、支度に手間取ったなあ」 フォルカーは飄々と言った。 「ここに来たとき、アイアン・イーター、お前が腹をこわしたんだったなあ」 「は……ええ、その通りで」 彼は下腹をさすってみせた。 「クフィムは寒いところですからなあ」 「もうちょっと早く来てれば、間に合ったかもしれないんだがなあ。いやあ、惜しかった惜しかった!」 「これ以上の追跡は不可能ですな、隊長」 「いや本当だ、残念無念!」 「そんなことを、アロイス大臣にお伝えするので?」 ナジは眉をひそめて言った。 「どうかしてますぜ、隊長も先輩も。鎧はここにあるじゃないですか。それをみすみす、彼にくれてやるので? 使いふるしの斧をあげるのとはわけが違いますぜ。それにだいいち……」 「なあナジ……」 フォルカーは、彼の肩に手を回した。酔漢のようである。いかつそうに見えるが、フォルカーは意外にも、なかなかどうしてユーモアのわかる男だ。 「鎧の用途は、お前も知っているだろう。サンドリアとの駆け引きだ」 「ええ」 「政府でうまく立ち回れそうなのは、誰だと思う?」 「それは……」 「アイアン・イーター、お前はどうだ」 肩を組んだまま、フォルカーは水を向けた。アイアン・イーターはうっそりと答えた。 「大統領閣下と、ルシウス大統領補佐官なら、全幅の信頼がおけると思います」 「アロイス殿はどうだ」 「僭越ながら、閣下の才能は、外交よりも他の分野に使われるべきものと……」 「ナジの意見は」 フォルカーの顔の近くで、彼はすっかり身を固くしていた。 「ええ……まあ、俺もそう思いますけどね……」 「今度は、戦士としてお前に問おう。あくまでも一般論だ」 「……はい」 「お前はいつも、戦場で手柄を立てたいと言っている。戦をせぬ戦士は、戦士としての価値がないと」 「ええ、それは本心ですが……」 「しからば武具も、使われてこその武具であろう」 「……そうですね」 「業物の鎧が、本来の用途意外に使われるのは、戦士として忍びない。私はそう思うが、どうか」 「いや、お気持ちはわかりますが」 ナジはフォルカーの腕から、慎重に腕を抜いた。 「それでいいですよ。そういうことにしましょうよ。でもね、どうせならそれ、俺に下さいよ。どうせ鎧を新調したかったところだし、ガルカの英雄の使ってたやつだったら、品質も折り紙つきでしょうから!」 「その鎧を着て、大統領府の門に立つのかね」 アイアン・イーターが無愛想に言った。 「ナジ、だからお前は思慮が足りないというのだ。その赤い、目立つ鎧をお前が着ていてみろ。顔を紅潮させたまま、酒屋の使いから帰ってくるようなものだぞ。お上にそんな言い訳が通ると思うか」 一喝を受けて、ナジは萎れてしまった。 「バストゥークに持ち帰るも、サンドリアに返すのもかどが立つ」 私に向かって、フォルカーは言った。 「ウィンダスに持っていってもらうのが一番いい。うまい具合に、近ごろは同じデザインの鎧が出回っている。冒険者が着ていてばれることはないだろうし、万一ばれたとしても、我々には君を責める権利がない。これは、君が盗賊団を倒して手に入れたのだから」 フォルカーは鎧を持ち上げ、私に差し出した。見かけの割りに、ファイターロリカはとても軽い。これなら着ていても、俊敏な動きの妨げとはならないだろう。 「しかし、よいのでしょうか」 不安になって私は尋ねた。 「私のようなものが、恐れ多くも、語り部の鎧を頂くなどとは……」 「使われなければ、意味がないと言ったろう」 フォルカーはにっこりと笑った。そんなふうにすると、彼の顔は驚くほど柔和で、人なつっこい印象に変わるのだった。 「確かにラオグリムは、ガルカの勇者だったかもしれん。だが同時に、バストゥーク史に残る英雄でもあった。アイアン・イーターの思いは、私の思いでもあるのだ。我々は戦士として、彼を尊敬している……。ただ、それだけのことなのだよ」
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