その371

キルトログ、口の院に呼び出される

「お前にミッションが届いている」
 と、森の区のラコ・プーマに言われた。彼女は警備隊長である。その傍らで、部下らしきタルタルが、槍にもたれたまま居眠りをしている。いつも通りのうららかな日和だった。
 もう次のミッションですか、と言いながら、私は指令書を受け取った。
「それで……Kiltrog。内容なんだが」
 彼女はかりかりと爪を噛んでいる。その神経質そうな様子に、引っかかるものを感じた。何か問題があるのだろうか。
「名前を見たまえ」
 天の塔の封蝋を外し、指令書を広げる。最後に記されている署名……。
「アジド・マルジドが、お前を指名しているのだ」
 苦々しそうに彼女は言った。
「それも大至急、とのことだ。さっさと口の院に行きたまえ」 


 口の院院長が、私を呼んでいる! いったい何の用だろうか。私は入国以来、彼の野心にふり回されてきた。小柄だが虎のような男だ。どうせ今度もまともなミッションではあるまい。

 口の院には久しぶりに来た。建物は港区にある。魔導戦士育成の場なので、攻撃魔法の修練の音――爆発音など――が絶えない。だからこそ、人家の少ない港区にある。ここへはいつ来ても、建物の活気の変わることがない。

 動かないカカシを相手に、タルタルたちが派手な火花を散らしている。耳を塞いだまま、私はハックル・リンクルに話しかけた。アジド・マルジドの腹心である。彼は奥に向かって、声を張り上げる。
「院長、ミッションの人が来ましたよお! 」

 屏風の陰から、アジド・マルジドが出てきた。わら束のように、髪の毛を頭頂でくくっている。かわいらしい鼻眼鏡とは対照的に、意志の強そうな眉毛。彼の様子は、意外にもいきいきとしていて、黒い両目がぎらぎらと輝いていた。
「遅いぞ! すぐ出発だ!」

 召喚魔法に対する執着と、院長とも思えぬ身勝手な言動から、彼は信任を失いつつあった。近ごろでは、天の塔に顔を出すことすら稀になった。おとなしくなったのか、と思っていたが、そんなことはなかったようだ。むしろ、以前より活気に満ちた印象すらある。
 どこへ行くのですかと聞いたら、魔法塔だという。
「装置を動かすのだ」と彼は言った。
「お前は、南西の魔法塔へ向かえ。研究室のスイッチを入れるのだ。あそこが最後だ――うまくいけば、塔が起動を始めるぞ」

 アジド・マルジドは、兎のように跳ねながら、扉を出て行ってしまった。学者と思えぬ恐ろしい速さだ。後を追おうとしたら、クロイド・モイドに止められた。
「お待ちなさい」と彼が言う。院長のもう一人の助手なのである。
「南西の塔の研究室へ行くには、これが必要です。カギみたいなものです。持って行きなさい」
 
 私は、南西の星の札を貰う。アジド・マルジドに続いて、口の院の扉を出る。助手のふたりが、頑張ってねえと手を振っている。院を去り際に、ハックル・リンクルの声が聞こえてきた。
「カーディアンたちには、十分注意してねえ!」


 水の区の門から一度、西サルタバルタに出た。地図を見て思い出した。南西の魔法塔というのは、野良カーディアンたちが住み着いている場所ではないか(その24参照)。ずいぶん前にDenissと行ったことがあった。Deniss! 彼女は今ごろ、一体どこで何をしているだろう。

 カカシどもにたびたび集団で殴られたせいか、例の魔法塔にはいい印象がない。同時に、エースカーディアンに囲まれた恐怖も思い出す(その16参照)。そういえば、ゾンパ・ジッパの作ったカーディアンには、呆気なく卒倒させられてしまった(その205参照)。65レベルだからといって、あまり過信をしない方がよい。
 私は仲間に頼ることにした。
 Librossはモンク、Steelbearは赤魔道士、ともに75レベルである。Leeshaは、白魔道士、私と同じ65レベルである。フルパーティではないが、4人いれば十分だろう。中に群れるカーディアンたちには、私ひとりでも負けるはずはないが、万が一、エース級の敵が出てきた時の用心である。

 3人と一緒に、私は塔へ向かった。院長の野心の片棒を担がされていることに、一抹の不安を覚えながら……。果たして、私がしようとしていることは、連邦への裏切り行為になるのだろうか?

(050614)
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