その372

キルトログ、魔法塔を動かす

 南西の魔法塔には、よい思い出がないと書いた。だが当地は、他の多くの迷宮のようには、複雑な構造をしていない。正方形の小部屋が3つずつ、縦横に並んでいる。迷宮全体が正方形であり、小部屋同士も、東西南北で繋がっているだけなのである。わかりやすくありがたい構図だ。

 小部屋と小部屋の間には、鉄格子があったりして、必ずしも思ったように進めないものの、奥に続く道は確保されている。まだ未熟なうちは、群れているカーディアンが脅威となるが、65レベル以上ともなれば、こいつらを恐れることもない。堂々と研究室へ向かえる――もっともその通路までは、目の院で貰った地図には記載されていないが。

 南西の魔法塔では、冒険者は滅多に見ない。レベルの低い者には危険だし、高い者には用事がない。だがここには、Hecht(ヘクト)という名のガルカがいて、カーディアンと戦うなら、加勢してあげよう、と申し出てくれる。彼は75レベルの暗黒騎士である。わざわざそうしてくれるのはなぜか、と尋ねると、大変ひまだから、という。彼のような強い冒険者が、一緒に来てくれるのはありがたい。
「ただし、用心棒代がかかります」
「いくら」と私。
「200万ギル」
 ……冗談はさておき、ガルカが3人も揃った。我々は陽気になり、幾分か軽い足取りで、奥の研究室へ向かうのだった。


 研究室は、突き当たりの壁面にあった。一見壁に見えるが、上下に細い筋が走っている。ここから左右に開くのだろう。力で開かないのは明らかだ。クロイド・モイドに貰った札を取り出し、私はそれをかざそうとする……。

 待てよ。

 これまでの経験からして、戦闘が始まりそうな気がする。気を抜かないように、と仲間に言って、改めて札をかざす。予感は当たった。壁がふたつに割れたかと思うと、4体のカーディアンが飛び出してきたのだ。研究室を警護していたのだろう。カーディアンは棍棒を振りかざし、襲い掛かってくる――目的を達成するには、まずこいつらを片付けなくてはならない。


カーディアンとの戦い

 カーディアンには格というものがある。こいつらはすべてジャック――ジャック・オブ・バトンズジャック・オブ・コインズジャック・オブ・ソーズジャック・オブ・カップス――である。従って、カーディアンの中でも強いほうであるが、こちらにも猛者が揃っている。私の号令下、奴らを倒すことが出来た。もっとも、私の指示は正確さを欠いていたが……「まず、ボタンズを狙え!」

 バトンズだかボタンズだかを片付けたあと、研究室に入ろうとしたが、壁面の隙間が狭くて、潜り込めそうになかった。中は真っ暗で、目をぴったり押し付けても何も見えない。
 
 そのとき、足の下に大きな振動を感じた。ごごご……と魔法塔が揺れている。「ホウ!」という、鳥のような声が聞こえた。「動き出したぞ! とうとう動き出したぞ!」

 どうやらそれは、アジド・マルジドが発したようなのだが、彼の姿は見えない。声だけが、壁面の向こうから響いてくる。迷宮に大きく反響しているのである。そのため、仔細が聞こえなかった。何といっているのか?

「……だ。あそこに行く……」
 
 それきりだった。彼の声は小さく、遠くなっていった。壁が動き出した。再び隙間がしまっていき、ぴったり閉じられると、何にも音が聞こえなくなった。
 魔法塔は、完全な静寂に包まれた。


 どうにも解せないものがある。私は、装置らしきものを何もいじっていない。なのに塔は動き出し、口の院院長を狂喜させた。彼のいうスイッチとは、一体何だったのだろうか。

 もしかしたら、扉の開閉とともに、勝手に作動したのかもしれん?

 いずれにせよ、どうしていいかわからないので、口の院に戻った。腹心のふたりに相談することにする。
 ハックル・リンクルとクロイド・モイドは、ふうんとか、ははあとか、大げさな相槌を打ちながら、私の話を聞いていた。

「それで、院長はどこへ行くって?」
 よく聞こえなかった、と私は答えた。そして悟った。彼らがこう尋ねるからには、アジド・マルジドは院に戻って来なかったのだ。
 あそこってどこだと思います、と尋ねてみた。
「そりゃあ、あそこだろう……」
 ふたりは顔を見合わせて、双子のように息ぴったりに言った。
満月の泉

「そう思うのには根拠がある……」 
 ハックル・リンクルの言葉に、クロイド・モイドが、力強くうんうんと頷いた。
「院長は、いつも言ってましたからね」
「中央塔から地下に行きたいって」
 なぜ、と私は尋ねた。ふたりは首をひねった。
「あの人は、本心をお話しになりませんからね。想像がつかなくもないですけど」
「院長がオズトロヤへ行って、戻ってきて……」
「そう、大怪我の後からですね。それまでにも、満月の泉に対する執着はありましたが、より一層強くなっていったようで……」

 口の院院長よ。覚えておくがいい。
 中央の塔を下りていくのだ。
 そして、その目で見届けるがいい。星の神子と亡き召喚士の過ちを。


 ふと思い出した。これは、ヤグードの高僧たちの言葉だ(その259参照)。そして、アジド・マルジド本人が言ったことも。

 そうだ……やはり、自分の目で確かめねば。満月の泉に降りてみないといけない(その205参照)。

「トライマライ水路の、奥から通じてるそうですよ」
 クロイド・モイドが言った。
「もっとも、神子さま以外、立ち入りが禁じられているとのことですけれど」
「そんなことだから、守護戦士に狙われるんだよね」
「そう、今回のことも、どこからか聞きつけてきて……。ミッションの内容はごまかしときましたが」
「セミ・ラフィーナめ、院長をつけ狙ってるよ。彼女は、諦めてないよ、ぜったい」
「だからお願いします……満月の泉へ行って」

 ふたりは、ぺこりと頭を下げた。
「院長に、注意するように言って下さい」

 ハックル・リンクルと、クロイド・モイドは覚悟している。彼らは知っている。院長の実験が、連邦当局に対して、どのような意味を持っているか。計画が露見すれば、自分たちがどのような立場に立たされるか。それをわかったうえで、上司の悲願を果たしてやりたいと考えているのだ。そうでなければ、アジド・マルジドはとっくに、守護戦士たちにお縄にされていただろう。

「院長は……あの人は自分勝手だし、怖いけど……」
「でも、ぼくらの院長ですから」

 よくわかった、と私は言った。これで覚悟を決めた。トライマライ水路の位置は知っている。私も彼に続き、禁断の満月の泉へ下りてみようではないか。


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