その375

キルトログ、ジャコ・ワーコンダロを訪ねる

 飛空挺がひゅんひゅんと羽音を落とし、下降していく。甲板で受けていた風が、徐々に緩くなる。カザムの空気は暖かくて湿度が高い。ミスラのように、半裸同然で過ごすにはよいが、鎧を着ている身には蒸れてつらい。その点は、一緒に来たLeeshaや、Ragnarokも変わらないことと思う。

 我々はウガレピ寺院に乗り込むため、カザムを訪れた。一息に攻略しようと思っていたが、寺院の奥へ行くためには、いろいろな品物が必要になる、とLibrossに忠告された。それは現地で奪取できるものだが、品物集めと奥へ行くのを同時にやっていると、時間もかかるし効率が悪い、という。ならば予行演習をかね、何人かで先に乗り込み、品物だけを取ってきてしまえばいい。だから4人しかいないのだった。4人目は、現地で会いましょう、と言って、別ルートで出発した狩人のUrizaneである。

 ふたりは街に用事があると言い、雑踏の中へ消えた。彼らの用事も少し時間を要するだろう。あまりUrizaneを待たせてはいけない。私はさっそく、ジャコ・ワーコンダロに会いにいった。


 族長の家は、村の南東にあった。とんがり帽子のような形をした木造の家で、入り口の扉の両脇に、かがり火が明々と燃えている。入り口の前で3人のミスラが立ち話をしていたが、私が近づくと眉をひそめ、何やら小声で囁きあい始めた。それでいて誰も、私に声をかけようとはしないのである。

 彼女たちの視線を感じながら、扉をノックした。返事がない。
 押してみたら、軽く力を入れただけで、きいと開いた。

 私は中を覗き込んだ。

 返事がなかったので、無人だろうと思っていたが、違っていた。2人のミスラが、少し間をあけ、並んで立っていた。腰に得物が下がっている。どうやら守衛のようである。
 彼女たちは、無言で私を見つめている。顔から感情が読めないが、あまり歓迎されていないように感じる。これはちょうど、野良猫と対峙したときに、ふうーと威嚇こそされないが、さりとて逃げられもせず、ふてぶてしく見つめられるときの緊張感に似ている。
 私は思い切って、話しかけてみることにした。
「ジャコ・ワーコンダロさまに、謁見を賜りたく存じます」
 無言。
「ノーグの、ギルガメッシュ翁の紹介で……」
 片方のミスラのひげが、ぴくりと動いた。「そうか」と低い声で言う。「なら参られよ」と奥へ通される。土間の入り口には、もうひとりミスラがいたが、彼女も申し訳程度に頭を下げるばかりで、歓迎にはほど遠い。それらしく取り繕おうとすらしない。気分を悪くしていると、先刻の守衛ミスラが、部屋の奥に声をかけた。
「族長、客人がいらしてます」

 

 右奥に囲炉裏があった(注1)。壁際に、ひとつの影が座っていた。守衛ミスラが「ノーグのおん方の……」と名前を出すと、その人物が立ち上がって、「ギルガメッシュさまの?」と言った。若干低くはあるが、女の声だった。彼女はきびきびした様子で、こちらへ歩いてきた。
「ひとまず、奥へ」
 体格は小柄であったが、がっしりとした感じのミスラだった。白い羽根飾りをかぶり、紅色に染められた革鎧を着ていた。彼女がカザム族長、ジャコ・ワーコンダロだろう。族長は囲炉裏に戻り、手ぶりで座るよう指図すると、私が腰を下ろさないうちに、獣皮の敷物の上へあぐらをかいた。彼女の背面の壁には、手槍がX字に交錯していて、その両脇に、草模様を施した幅広の盾が飾られていた。


ジャコ・ワーコンダロ

「あんた、例の件で来たのかい」
 例の件というのが何かわからないので、「ウガレピの……」と言った。突然、背後でがさっと音がした。私は飛び上がった。振り返ると、尻尾の長い猿が座っていた。猿は、小皿のような目を見開いて、私をじっと見つめた。目を合わせたが、逃げようともしない。その表情の読みにくさといったら、さっきの守衛ミスラの比ではなかった。私は冷や汗をかいた――オポオポはどうも苦手である。

「“忌み寺”に入りたいっていうのは、本気なのかね」
 ジャコ・ワーコンダロは、低い声で言った。猿のことは、空気のように無視していた。
 入りたいのです、と私は答えた。意気込みを語ってもいいが、ギルガメッシュがどこまで伝えているのかわからない。
 ジャコ・ワーコンダロは、頬をふくらませて、
「まあ、物好きがどんな目に会おうが、私の知ったこっちゃないからねえ」
 と、立ち上がった。彼女は部屋の片隅に行って、そこにあった棚の引き出しを開け始めた。どうやらジャコ・ワーコンダロは、ジラートのことまで聞かされてはいないらしい。冒険者がウガレピ寺院へ行くので、その協力をしてやってくれ、と言われた程度だろう。
 
「ほら、かぎ」
 ジャコ・ワーコンダロが、それを投げてよこした。私は両手を椀にして受けた。手のひらの長さほどの金属片である。大きさもそうだが、牡蠣のように緑青がこびりついているので、言われなければなかなか鍵とは気づくまい。
生贄の間へのカギだよ。これで奥まで行ける」
 いけにえ……?
「せいぜい、楽しくやるがいいさ」

 彼女は再び腰を下ろした。口をつぐんだまま火を見つめている。用事が終わった以上、もう話す必要はないと言いたげだった。彼女と猿の視線を受けながら、私は退出した。何はともあれ寺院に行ける。後は我々が、生贄にならないことを願うばかりだ。


注1
「囲炉裏(いろり)とは、床の一部をくりぬいて作られた炉のことである。中央で火を炊き、料理や暖取りに使う。多くの場合正方形で、家族内の立場で座る位置が厳格に決められている。土間から離れた最奥「よこざ」が家長の座席である。東方や南方にも椅子の文化はあるが、床に直接座ることも少なくない」
(Kiltrog談)


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