その379

キルトログ、謎の老人の話を聞く

 トンベリを打ち破った! 奴らは3匹もいた。1匹はやたらすばしこく、1匹は精霊を連れていて、1匹は黒魔法をどんどんかけてきた。奴らはシーフであり、召喚士であり、黒魔道士であったのだ。だが各個撃破を試み、トンベリがのこり1匹になると、もはや我々の敵ではなかった。魔法陣の上には、トンベリの切り刻まれた死体が3つ転がった。我々は歓声をあげて勝利を祝ったのだが、そのとき、不思議なことが起こった。

生贄の間・扉前

 トンベリの死体が、むっくりと起き上がったような気がした。死体の上に人影が浮かんでいた。私はさっと武器に手を伸ばしたが、少なくとも現れたものは、獣人ではなかった。ヒュームと思しき背丈があった。白いローブを着ており、緑の宝珠が埋め込まれた長杖を手にしていた。髪は真っ白で、ひっつめにしていて、顔は皺だらけだが、赤いくまどりがあった。化粧なのか刺青なのかここからではわからない。

 この人物こそ、ギルガメッシュが若き日に出会った老人に違いない。すでに数十年前の話である。老衰で亡くなっていないことを考えると、生身の人間でないと考えてよさそうだ。現に今でも宙に浮いているし、身体の向こうが半分透けて見えている。

「お前たち、もういいよ。おやめ」
 老人はトンベリに声をかけた。獣人の動きが止まって、またころりと転がった。思ったより細い声だ。ギルガメッシュは「爺さん」と呼んでいたが、どうも老婆であるらしい(注1)
 彼女はこちらへ向き直り、淡々と言った。
「あんたたちは、やつらの件で来たんだろう。違うかね? 古代の亡霊……いまだに、いにしえの夢に囚われている兄弟のさ」

 あなたは誰だ、と私は言った。

「私かい、私はグラビトン・ベリサーチ。古代クリュー人の学者だよ。民族の集合意識の代表としてここにいるがね、仲間たちはよく、私のことをトンベリ、トンベリって呼んでいたがねえ」


 「トンベリ」こと、グラビトン・ベリサーチという名の老婆は、からからと笑った。獣人の呼び名の、意外な由来が明らかになったわけだ。それにしても、古代クリュー人とは何者だろう。ジラートの他にまだ種族がいたというわけか。

「何から話せばいいかねえ」
 グラビトンは顎を撫でた。
「なにしろ、気の遠くなるような昔の話だからね。今から1万年も昔、古代王国の時代のことだから。
 順に話した方がよさそうだね。「石」のことからさ。
 クリスタルと呼ばれる、不思議な力を秘めた石については、あんたたちも知っているだろう。
 ヴァナ・ディールの地下には、強大な力を秘めた5つの石が眠っているのさ。その力を利用して、古代ジラートの民は発達したんだ。いわば、エネルギー利用さね。だが奴らは、文明だけでは飽き足らず、クリスタルのエネルギーを集中させ、恐ろしい計画を実行しようとした。それが……」

「楽園の扉を開く?」と私。

「そうだよ。<神の扉>計画だ。あんた、よく知っているね」

(我々の目的は、真世界の復活――楽園の扉を開くことだ)
(いずれクリスタルラインが復活し、神の扉が開く。そのときこそ、我らがジラートの熱望した、1万年の夢が現実となるのだ!)

 額を押さえる私を、グラビトンが、いぶかしそうに見つめた。私は尋ねた。
「それで、クリスタルラインというのは?」
「へえ! その名前を知っているのかね。クリスタルラインっていうのは、エネルギーの供給路のことだよ。5つのアークを使って、地中から吸い出したエネルギーを、一度デルクフの塔に集めるんだ。デルクフは、クリスタルのパワーを制御する建物なのさ。もしかして、このことはもう知っているかもしれないがね……」

 知っているどころか! 貴重な情報だ。それでいくつかの謎を解くことが出来た。
 デルクフの塔爆破騒ぎがあったとき、衛兵の一人は、塔に謎の大広間があると証言した(その344参照)。おそらくそこが制御室だったのだろう。デム・メア・ホラの三奇岩にあった巨大なクリスタル――ナグモラーダが「母なるクリスタル」と表現していたものは、エネルギーの源であったに違いない。

 デルクフの塔を中心としたネットワーク、そのなかだちをするのは、サーメット質の骨状の物質だった。従って、メリファト山地を東西に走る「ドロガロガの背骨」が「補給路かもしれない」というのは、的を射た推論だったわけだ(その89参照)。

「私たちクリューの民と、明星の巫女たちは、計画に強く反対した。しかし、私たちの意見は、熱にうかされたジラートの声にかき消された。彼らは神の扉として、浮島のトゥー・リアを建設し、計画を強行した。5つのアークから、いまだかつてない強大なパワーが、トゥー・リアに流れ込んだとき、私たちクリューの民は結託し、北のアークを破壊した。計画を阻止するためにさ。
 だがそれは、想像を超える事態を巻き起こした。クリスタルの力が暴走を始め、制御が利かなくなってしまったのだ。世界は光に包まれ――一瞬のうちにジラートという国を飲み込み――何も残さなかった。陸地が吹き飛び、国があったところは、海と化してしまった。このときの影響で、北の大地は、吹雪のうち続く不毛の土地になった。クリスタルのエネルギーを直接浴びすぎたようだね」

 私は、ジュノ周辺の土地を思い出した。シューメヨ海に面する崖の断面は、軒並み黒く変質していた。ボスディン氷河も同じだった。バタリア丘陵の木々は、海とは逆の方向にねじまがっている(注2)。爆心地がクフィムにあったのではないか、という説は、とりあえず正しかったようだ。

 私は想像した。カムラナートとエルドナーシュが号令をかける。デルクフの塔が光り、次いでデム・メア・ホラの岩が輝き――巨大なエネルギーが地中から吸い出され、サーメットの骨の中を一気に走り抜けて、今にも神の扉が開かんとした瞬間……兄弟が高笑いを始めた瞬間……。
 北の地のフェ・インに繋がる補給路が吹き飛び、行き先を失った力が暴走を始めて、一息に。
 街を、人々を飲み込み。
 そして後には、何も残らない。クリスタルの力は、悲しみも、苦しみも、あらゆる感情でさえも、アルタナのもとへと運び去ってしまう。

 楽園への扉。


「私たちは、事件後にこの地へ落ち延びた」 
 グラビトンは声を落とした。
「クリスタルのエネルギーは、私たちにも大きな影響を及ぼさずにはすまなかった。時を経るに従って、クリューの民の身体は退化し、姿を徐々に変えていった……いまじゃこの有り様さ。あんたらがトンベリと呼んでいる生き物は、古代の民のなれの果てなんだよ」

 私は老学者の顔を見つめた。だが彼女は、思いのほかさばさばしていた。「ま、仕方ないさね」と肩をすくめ、
「あのときは、ああする以外なかったからねえ。結局、物事はなるようにしかならないんだし……。すでに起こっちまったことだもの。今さら悔やんだって何も始まりはしないよ。ねえ、そうだろう。
 それにこの世界は、人と、他の生命たちのものなんだよ。勝手に、神々の楽園なんかにされてたまるもんか。あんた、そう思わないかい」

 私は、力強く頷いた。よし人類の滅亡が、母なるアルタナの意志であったとしても、息子には息子の、娘には娘の意地がある。
「デルクフだけ変化しないのを知って、いやな気はしてたんだよ」とグラビトン。
「いずれまた、ジラートの生き残りが、同じようなことをしでかしやしないかってね……その意味では、私たちの戦いは、まだ終わってなかったんだ。1万年もの昔からね。
 まあそんなことは余談さ。
 あんたたちに、奴らの計画を阻止する方法を教えてやろう。もともと、それが知りたくて来たんだろう? 先に言っとくけど、面倒だよ。なまやさしい道じゃないし、場合によっては、命を落とすかもしれない。そのくらいの覚悟は出来ていると思うが、違うかね? 違うっていうなら、このまま帰るんだね。私らは力を貸したりはしないよ。知ってることは教えてあげるけど、行動を起こすのはあんたらなんだから。

 ……そうかい。その覚悟があるならいい。よく聞きな。

 バストゥークの南西に、ゼプウェルっていう島が浮かんでいる。その砂漠に古代神殿の廃墟がある。ガルカの兄さんがいるんだから、説明は不要だと思うがね。なに、念のためさ。
 その中で、光のかけらを1つにするんだよ。そしたら、女神の巫女たちが出てきて、道を指し示してくれるだろう。
 光のかけらというのは、もともとは1つだったのが、8つに砕け散ったものさ。ジラートの石碑というやつが、世界中に散らばっている。石碑は全部で7つあって、それぞれ違う種類の光のかけらが安置されてる。そのかけらを集めろっていうわけさ。
 かけらを取るのは難しくないが、場所によっては何かに守られているかもね。それを撃退するのは、あんたらの実力しだい。どこにあるかも教えない。そのくらいは人に聞くなり、自分たちで探すなりするんだね。世界を隅々まで探せば、必ず見つけることが出来るだろう。

 さ、私の話はこれくらいだよ。さっきも言ったけど、私たちの助力をあてにするんじゃないよ。これでも喋りすぎたくらいさ。
 だけど、人と会うのも久しぶりでね……まあ、こうして話したのも何かの縁だわね。これで終わりにしてもいいが、ひとつプレゼントをやろうじゃないか。ほれ、手をお出し」

 私が両手を椀状にすると、手のひらの上に、きらきらと輝く黒い石のようなものが下りてきた。
闇の祈りだよ。同じようなものを、あと7つ探すがいい。
 
 最後に、老婆心ながら忠告しておくよ。ジラートの王子の、特に兄の方には注意するんだね。クリスタルとリンクしたあいつは、すごい魔力を秘めている……。あいつはすでに、人の領域を踏み越えてる。まあ、注意するだけ野暮かもしれないけどさ。

 じゃあ、うまくやるんだよ。幸運なんか祈ってやらないよ。泣き言を言う前に、やれることをやるんだね。私たち、クリューの民がやったみたいにさ! それじゃ、さよなら」



 老婆はすうっと消えてしまった。私は立ち尽くした。ジラートの計画阻止への道は開かれた。だがそれは、依然困難なものである。結局ヴァナ・ディールの未来は、我々の運と、実力と、覚悟如何にかかっているのだ。

注1
 ギルガメッシュでは、ゲーム上では「老人」としか言ってないのですが、管理人の筆がすべって「爺さん」と言わせてしまいました。

注2
「バタリア丘陵の木が、1万年前の爆発から残っているとは考えづらい。別の要因によるものとは考えつらいが、もしかしたら木が化石化しているのかもしれない」
(Kiltrog談)


(05.07.17)
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