その382

キルトログ、世紀の大作を受け取る

「お前は、大陸の出身だよなあ」
 
 突然、ミスラに変なことを聞かれた。私は彼女の顔をまじまじと見つめた。

「大陸生まれの奴ってのは、もしかして変人ばっかりなのか?」

 ミスラは右手を振り回した。無造作に折りたたんだ紙が握られていて、それをぱたぱた柱に打ちつけていた。ただし、挑発的な言葉の割には、悪気も皮肉もなかったようだ。私が黙っているのに気づくと、彼女は素直に「すまんな」と頭を下げた。続けて曰く、
「そういう意味で言ったんじゃないんだ。正気を疑うような手紙を受け取ったもんだから……あんた、アンジェリカっていう画家を知っているかい。ヒュームの女らしいんだが」

 その名前をここで聞くとは思わなかった。アンジェリカはウィンダスに住んでいる、自称「大画家」の女だ。ヒュームはしばしば没個性的だが、彼女は例外で、タルタルも一目置くほどの変人だった。絵のモデルを引き受けた私は、さんざん彼女の我がままに振り回された記憶がある(その参照)。

 ミスラは部屋の奥に向かって、「族長! 族長!」と呼ばわった。ジャコ・ワーコンダロが、のっそりと姿を現した。彼女は私の顔を見、誰だか気づいたらしいのだけど、ことさらに親しそうな様子は見せなかった。「あんた、忌み寺へ行くんじゃなかったのかい」
 いや、ウガレピ寺院からは帰ってきて、今はジラートの石碑巡りをしている、と答えた。ジャコ・ワーコンダロは、「あそう」とだけ言った。彼女が興味を示さないから、8つの祈りのうち、7つまでは無事に集まったのだとか、最後のテリガン岬では、マンティコアの群れをかい潜らねばならないのだとか、冒険話は出来そうになかった。族長邸には安否報告に来たのだけれど、どうやら無駄だったようだ。もっとも今から聞けそうな話は、ちょっとした土産くらいにはなりそうだが。

「いいか、族長のところに届いた、そいつの手紙を読んでやる」
 ミスラは紙を広げた。彼女は
エテ・スラエジという名で、族長の秘書か補佐役を務めているようだ。
「拝啓、前略、エトセトラ、わたくしは、ウィンダスにて画家を生業とする、アンジェリカというものです……」 


拝啓、前略、エトセトラ

 わたくしは、ウィンダスにて画家を生業とする アンジェリカというものです。突然ですが先日、 カザム帰りの冒険者から、ある話を聞きました。

 カザムの南東にあるウガレピ寺院には、誰も使っていない画廊があるという話です。額縁がならんでいるものの、中には何も飾られていないとのこと……。

 いつか個展を開くのが夢と、わたくしは、今まで絵を描きためて参りました。
 この話を聞いたとき、わたくしはこれこそ、神が与えたもうたチャンスだと思いました。

 カザムの族長さま、ぜひ、わたくしにウガレピ寺院の画廊にて、個展を開かせてください。場所の使用代や飾り付けの諸費用は、当然、負担致します。

 手紙を読み終わると、エテ・スラエジは、ふーと深い息を吐き、乱暴な手つきで紙を折りたたんだ。
「こいつは頭がおかしいと、あんたも思うだろ?」

 アンジェリカは確かにどうかしている。ただ一言添えてやるならば、彼女は直接には、ウガレピ寺院がどんな場所かを知らないのだ。

「あんたの言うとおりだよ。知らないからこんな手紙が書けるんだ。冒険者からの情報らしいが、自分に都合のいいことしか理解してないようだな。あんた忌み寺へ行ったんだろ。だとしたら、彼女がどんなに常識はずれな、ひどいことを言っているのかわかるはずだ」


「興味本位で忌み寺に近づかれるのは、迷惑だね」
 私を冷たく見つめながら、ジャコ・ワーコンダロが言った。
「少なくとも、私たちにとってはさ。ねえ、エテ・スラエジ?」
「はい族長」
「だからさ。あんたに是非、やってもらいたいことがある。ほらさっきのあれを」
 エテ・スラエジが、文机の上にあった、真新しい羊皮紙を持ち上げた。墨で黒々とした文字が書いてある。
 ジャコ・ワーコンダロは、文末の赤い印影を指差した。

「正式な文書で、カザム族長の花押も入れてある。大陸の馬鹿が送ってきた手紙に、律儀に返信することもないんだけど、彼女は礼を守ったからね。特別に私が筆を執ったというわけさ。
 この手紙をその、アンジェリカという女に届けてほしい。内容は言うまでもないだろうね? そして出来たら、あんたからも説得してくれないかね。忌み寺は人が来るようなところじゃないし、ましてや素人の画家が、自分の落書きを飾っていい場所でもないってね」


 ジャコ・ワーコンダロの頼みを聞いて、私はウィンダスへ来た。族長とは仲良くしておきたかったが、彼女の期待には答えられまい。アンジェリカは芸術家である。いくらカザムの常識を説いたところで、感情の世界に生きている彼女が、理性的に状況を受け入れるとは思えない。かえって意固地になってしまうかもしれない。

 ピチチちゃん宅の階段を上り、アンジェリカに会った。彼女はことのほか上機嫌で、私を出迎えた。

「カザムの族長さまから、手紙を預かってきてくれたのね?」

 と、小踊りしそうな様子だったが、さすがに手紙を読むと、神経質に眉を曇らせた。
「ウガレピ寺院は荒れ果てていて、モンスターの巣窟……」

 それも恐ろしい獣人のですよ、と私は付け加えたが、無駄だった。彼女の耳に入っていないのはすぐにわかった。アンジェリカは心ここにあらずといったふうで、手に力を込め、おそらくは無意識にだろうが、手紙をくしゃくしゃに握りつぶしてしまった。

「いえいえ、個展を開くのは私の夢! この程度で諦めるものですか。私がこのまま、タルタルの宿の二階に落ちぶれ果てるか、ヴァナ・ディールの芸術界で蝶のように舞うか。運命の分かれ道よ。あなたちょっと待っていてね」

 そういうと、アンジェリカは隣の部屋に消えた。簡単に諦めない性格、みあげた根性だ。芸術家はこうでなくてはなるまい。ただ一人の常識人として、ウガレピ寺院で絵を見せられる客の立場も考えてほしいものだが。

 やがてアンジェリカは、手紙と画布を携えて戻ってきた。

「族長さまに返信を書いたわ。それとね、これは私の作品なの。我ながら世紀の力作で、すさまじい威力を秘めた代物よ。タイトルは『最後の幻想』。族長さまの許可が得られたら、ぜひ画廊に飾りたいと思うの」

 そりゃいったいどんな絵だ、と思ったが、画布がくるくる丸められていたので、中を見ることは出来なかった。私は『最後の幻想』を携えて、ジャコ・ワーコンダロのもとへ帰った。さて族長はいったいどんな判断を下すだろうか。

 
 アンジェリカの返信を受け取ると、エテ・スラエジはさっそく目を通し「うへえ!」と叫んだ。そして、またぞろアンジェリカの罵倒を始めたのだが、そこにジャコ・ワーコンダロが来て、唐突に彼女の頭を張り飛ばした。

 戸惑う私を無視して、族長は「ばか野郎」と品のない台詞を吐いた。
「私に断りもなく、私の手紙を読んだね! 補佐役だからって、何をしてもいいって勘違いはやめな!」

 エテ・スラエジは平身低頭して、すいません、すいませんと繰り返しながら、奥の部屋の扉へ消えた。ジャコ・ワーコンダロは手紙を拾い、あらためて目を通した後で、私が差し出した画布を広げて検分した。

「どうやら本気のようだね、その女……」
 アンジェリカの絵を、再びくるくると戻しながら、ジャコ・ワーコンダロは言った。この位置から絵は見えなかったが、族長が特別な感動をした様子はなかった。少なくとも表面上は。

「これを寺院に飾ってくれと言われたんだろ」
 私は頷いた。族長が許さぬというなら、私もそうすることは出来ない。
「じゃあ、願いを叶えてやりなよ」

 いいのか、と私は尋ねた。族長はにんやりと笑って、可愛らしい犬歯をちょっぴり覗かせた。
「もちろん、あんたが行ってくるんだよ。その結果、どういうことが起きようと、私は知らないからね。あんたたち大陸人の自業自得ってこと、決して忘れるんじゃないよ」 

(05.07.30)
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