その388

キルトログ、天晶堂のアルドを訪ねる

 道は開かれた。我々はデルクフの塔へ行かねばならない。そこで王子ふたりと決着をつけ、ジラートの1万年の野望にピリオドを打つのだ。

 我々は一度ジュノに寄った。戦いに向けての準備のためだった。残念ながらSifが抜けたのだが、残る6人だけでも、ジラートに後れをとることはないだろう、という確信があった。アンティカ3体を打ち倒したことで、私はすっかり自信をつけていたのである。

 皆がモグハウスに入ったあと、私はひとりパーティを離れて、下層へおりていった。天晶堂のアルドに会うためだった。彼はノーグにおいて、我々に協力し、反ジラートの姿勢を取ることを匂わせていた。アルドの真意は確かめておく必要がある。また、行方知れずだという彼の妹が、見つかったのかどうかというのも知りたかった。フェレーナの失踪は、私にとってもちょっとした心配ごとだったのである。


 アルドの部屋をノックしたとき、返事がなかったが、入ったら彼はいた。机に頬杖をついている。顔は土色、目の下に隈があって、見るからに病人のようである。「お前か」と彼は言った。とても小さな声だった。

「妹さんは?」と私は尋ねたが、聞くまでもないように思った。ジラートの計画を話すどころではなさそうだ。こんな状態では、アルドの協力は到底期待できまい。

 彼は小さくかぶりを振った。
「フェレーナとは、オズトロヤで会っていたそうだな」
 私は頷いた(その258参照)。

「フェレーナが、フィックのことを話していたよ。うちに出入りしてたゴブリンだ。何となく俺は敬遠していたが、少なくとも悪いやつじゃなかった。死んだんだってな、あいつは」
「私と妹さんが、彼の最期を看取った」
「そうか……」
 アルドは嘆息した。
「あの時以来だよ。フェレーナがふさぎこみがちになったのは。妹は部屋に篭りっきりになった。事情を聞いたので、しばらくそっとしておいてやろうと思っていたんだ。それが……いつの間にか姿を消していた。なぜだと思う?」
 
 私は答えようとしたが、尋ねられたわけではないことに気づいた。アルドは独り言を続けていて、その口調は、だんだん熱を帯びてきていたからだ。

「なぜだ? 自分から出て行ったのか? フェレーナは、そんなことをしたことは一度もなかった。あいつは優しい娘で、よしんば俺のことを嫌いになったとしても、黙って出て行って、周りに迷惑をかけるような女じゃなかったはずだ」

「実は……」私は言った。「大公兄弟が……」
「あのふたりに、何の関係があるんだ」
 アルドはぴしゃりと言った。
「奴らが古代の種族の生き残りで、あげく何か企んでるってことは、聞かせてもらったよ。だが、フェレーナの失踪に、何で大公が絡んでいるんだ? 最初は、側女にでもしようとして連れて行ったのか、と考えもしたが、大公は昔っから女っ気が全然ない奴だ。どこかの娘が手をつけられたって話を全く聞かないし……。だから、俺はてっきり、大公はそういう趣味なんだろうと思っていた。だとしたら、あいつがフェレーナをさらう理由なんか全然ないはずだ」

 ああ、と私は思った。そういえば、彼は知らないのだ。エルドナーシュがウォルフガングを呼びつけて、フェレーナを連れて来るように命じたことを(その264参照)。

 私がどのように説明しようか、考えているときである。私のむつかしい表情を見て、アルドが心配そうに声をかけてきた。
「まさか……本当なのか? 大公兄弟が、フェレーナを連れて行って……」

「その、まさかのようよ」
 突然に声がして、戸口からライオンが入って来た。
「アルド、フェレーナの居場所が見つかったわ」


「見つかったって?」
 アルドは、ふるふると拳をふるわせた。「見つかったって?」
 彼は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。テーブルを回って、ライオンのところまで行った。興奮を抑えているのが傍目にもわかった。息も荒いし、足取りがだんだん早くなっているので、ライオンは驚いて身を引いた。アルドは絞め殺さんばかりの勢いで、彼女に向かって手を伸ばした。

「どこだ! オーロラ宮殿か!」
 オーロラ宮殿とは、ル・ルデにある宮殿の正式名称である。
 アルドはライオンの肩を掴んだ。ライオンは「痛い!」といって彼を振り払った。アルドは「すまない」と機械的に謝り、素晴らしい忍耐力を発揮して、ライオンが息を整えるまでの間、おとなしくしていた。

「ジュノの親衛隊長が、フェレーナを連れて行くのを見た人がいるの」
「ウォルフガングの奴が?」
 アルドはうめいた。「じゃあやっぱり、大公兄弟が黒幕……」
「隊長の独断っていう可能性もあるけど」
 ライオンは言ったが、アルドは聞いてないようだった。
「大公め!」と彼は搾り出すようにいい、右手の拳を左手のひらに強く打ちつけた。
「許さねえ……妹に手を出すとは……俺を本気で怒らせたな……」

「ウォルフガングは、デルクフの塔へ、彼女を連れて行ったそうよ」
 今度は私が驚いた。デルクフの塔だって?
「私もそこへ行く予定……アルドは?」
「聞かれるまでもない。剣を持っていく。カムラナートを斬り捨ててやる。こんなに怒ったのはあのとき以来だ……」
「Kiltrogも? 一緒にどう?」

 いいや、と私は答えた。私は私の線で、大公たちの野望を砕くつもりだった。私の簡潔な返事を聞くと、ライオンはにっこりと笑った。
「そう、お互い頑張りましょう。それじゃあアルド、準備をして。デルクフはそう遠くないから、旅支度は簡単でいいけど、やっかいな戦いになるかもしれないからね。クリスタルの戦士もいると思うから、しっかり覚悟をしておいて」

「クリスタルの戦士?」
 壁から下ろした長剣の刃を調べながら、アルドは言った。
「あの伝説のか?」

「その件に関しては、みちみち話してあげるわ」

 そう言って、二人は扉を出て行った。

(05.08.21)
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