その390

キルトログ、天輪の場に足を踏み入れる
天輪の場(Stellar Fulcrum)
 デルクフの塔の何処かにある巨大な広間。
 命からがら塔から逃げ戻った、ある冒険者のスケッチを見たバストゥークの技術者は、この世界の理を歪めるために、何者かが構築した恐るべき装置の一部ではないか、と推論を立てたが、いまだ多くの謎に包まれている。
 我々が10階を走りぬけていたころ、ライオンら一行は、デルクフの最深部に到達していた。
 以下の文章は、私が見たものを参考に、彼らから聞いた話をまとめたものである。


 彼らはドーム状の大広間に到着した。3階をぶち抜いたような高さで、2階の部分には渡り廊下があった。北、南東、南西からそれぞれ通路が伸び、中央で重なっている。Y字型の通路の真ん中には、小さな円形の足場がある。足場の上には、三叉の筒が下りてきている。筒は天井を貫いているらしく、月光が差し込んでいるのだが、それがサーメットの壁全体に反射し、ドームは何やら不気味な、幻想的な青白さに包まれていた。

 ライオンはこの場所のことを知っていた。アルドもデルクフのことゆえ、うすうすとは聞いていた。ザイドもまた、バストゥークの技術者から耳にしていた。彼らの知識の中では、ここは天輪の場と呼ばれていた。世界のことわりを歪めるために、何者かが作り出した装置ではないか――という噂だったが、今では彼らは、それが事実だろうと確信していた。ジラートの兄弟たちの野望を知ったからである。

 彼らは中央の足場に、大公カムラナートが立っているのを見た。相談をして、挟み撃ちにしようと計画を立てた。そこで、三方の通路から、それぞれ一人ずつが進んだ。「大公!」とアルドが、絶叫に似た声をかけたが、カムラナートは眉を動かした程度で、からからと楽しそうに笑うのだった。

「お前たち二人は、まだ生きていたか! おお、天晶堂のアルドまでもが……。その様子では、私の味方をする気はないようだな。もう少し賢い男だと思っていたが」
「ぬかせ」
 アルドは長剣の柄に手をかけた。だが、カムラナートは素手であるのに、臆した様子は見られない。
「丁度いいところへ来た。じきにこのクリサリスが息を吹き返す」
「クリサリス?」
 ザイドが身体を固くした。クリスタルの戦士の他に、もう一体難敵がいるものと思ったからである。
「これ、この装置だよ」
 カムラナートが、たん、と右足を鳴らすと、足場が鈍く輝き、同時に、どうやらその真下にあるらしい、巨大な装置がぶううんと音を立てた。
 三人の位置からでは、通路の床が邪魔をして、クリサリスとやらの細部は見えない。

「これを蘇らせれば、再びトゥー・リアは姿を現す。我々と同じように、1万年の眠りから覚める」
「トゥー・リア?」
 ライオンは首を傾げて、
「あの伝説の? 神の扉と呼ばれた、空に浮かぶ島? 古代人の都とともに、消滅したって聞いたけれど……」
「なかなか、物知りがいるようだ」
 カムラナートはにやにやと笑った。
「残念ながら、滅んでなどはいない。我々と同じだ。天空で眠りについている……そして、目覚めを待っている。トゥー・リアを起こすことが出来れば、永遠の楽園はすぐそこなのだ」
「あんたたちも、眠っていたというのね」
「そうだ」
「もしかして、ここで?」
「そもそも、我々を起こしたのはお前たちなのだよ」
 カムラナートが三人を一瞥した。
「30年前、三国から北の地へ、合同調査隊が派遣されたとき、一人の男がクリスタルと接触した。男はガルカの語り部だった。奴の力の一部がクリスタルへ流れ、その影響を受けて、デルクフの塔にいた我々は目覚めた。そして今、1万年ぶりに夢を実現させようとしているのだ」


 ジラートを目覚めさせたのは、ラオグリムだった! 衝撃の話に、ライオンもザイドも言葉を失ったが、血気にはやったアルドは退かなかった。彼にとってラオグリムとは、単なる名前に過ぎなかったから。
 アルドは長剣をずらりと抜き、カムラナートとの間合いを詰めるために、大胆にも数歩前へ進んだ。
「大公――いや、そんな呼び方をする必要はもうないな」
 搾り出すように言った。
「カムラナート。このジラートの畜生め。お前たちの時代はとっくの昔に終わっているんだ。今さら真世界とやらを復活させてどうするというんだ?」

「たわけめ」
 カムラナート吐き捨てて、
「我々の崇高な目的が理解できんのか。ともすれば人間は、楽園に行きたい、楽園に行きたいとぬかす。その楽園が、手の届くところにあるのではないか? クリスタルの輝きが満ちた神々の世界、そういうビジョンが理解できないとは! おおかたそれだけの脳みそも持ち合わせていないのだろう」 

「たわ言だ! 本当はジュノ一国に飽き足らず、神の力で世界を支配したいのだろう!」

 アルドの恫喝に、カムラナートは本気で不快な表情をしたが、その顔にはすぐに冷笑が浮かんだ。
「世界の支配か! それも面白い。私はクリスタルの意志だ。真のクリスタルが手に入れば、この星は我がものとなる……」

「させるか」
 ザイドが背中に手を回し、暗黒剣の柄を握った。
「ジラートの野望を砕くのは、簡単なこと。今ここでお前を葬る」
「さ、やってみるがいい」
 カムラナートは高笑いをした。その脳天目がけて、ザイドの稲妻のような突きが襲ってきたが、カムラナートはそれ以上の速さで跳びすさり、星の光の落ちる中空へ向かってこう叫んだ。

「出でよ! クリスタルの戦士!」

 途端、目の眩むような5つの閃光が走り、足場の上にはじけた。それぞれ光は人の形――ヒューム、エルヴァーン、タルタル、ミスラ、ガルカ――を取り、カムラナートを囲うようにして立った。
「お前たちの相手は、こいつらで十分だ。我々の計画の邪魔はさせん」

 なぜか、アルドは少し楽しそうだった。興奮を抑えきれないようだった。「こいつらか!」と彼は剣を抜いた。ヒュームの戦士が進み出てきて、黒い刃の一閃を彼に見舞った。アルドはかろうじてそれを受けたが、途端に目の色を変えた。生気の感じられない外見からは想像もつかない、力強い一撃! 

 ふと気づけば、他の4体は、ライオンとザイドにかかっているのだった。いくら2人がつわものであるとはいえ、クリスタルの戦士2体を相手にして、果たして勝てるのだろうか?

 肝を冷やすアルドの耳に、カムラナートの呟きが聞こえた。
「だが……まだ、招かれざる客がいるな。どうやらまた、死にぞこないが増えたようだ……」

 そのとき、私が到着した。


(05.08.28)
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