その392

キルトログ、カムラナートと戦う(2)

 恐るべきカムラナートはうち倒された。「やった!」とLeeshaが手を叩いた。我々は勝利を喜んだが、カムラナートは死んでいるわけではなかった。地にうつ伏したまま、ぶつぶつと無念の言葉を呟いている。
「私が……人間なんぞに……」

 そのとき我々は、無残なものを見た。

 奮戦していたライオンたち3人が、二階からぼろ布のように放り出された。彼らは一階の床に叩きつけられて、呻き声をあげた。クリスタルの戦士が勝利したのだ。だが奴らの主であるジラートの王子は、今こうして一敗地にまみれ、無残にサーメットの床を嘗めている。
 カムラナートが、戦士たちに向けて叫んだ。
「お前たち、何をぼうっとしている! 早くこの者たちを殺すのだ!」

 だが、クリスタルの戦士たちは、動こうとはしない。ガラスのような瞳で、無感動にカムラナートを眺めるばかりである。
「なぜだ? 私は、クリスタルの意志だったはずだ……」

「結局のところ、そうじゃなかったからだよ」
 小さい子供の声がした。
「クリスタルは、お前を必要としなかったのだよ。選ばれてなんかなかったんだ。身のほどをわきまえて、自分の運命を受け入れることだね、カムラナート」


 デルクフの中枢装置、クリサリスの中央を支える足場に、小さな人影が姿を現した。黒いだぶだぶのローブ、肩までの金髪、左目を覆う眼帯……。ジュノの国政を司る兄弟、ジラートのもう一人の王子である。

「エルドナーシュ?」
 カムラナートが言った。
「私は……私は、見捨てられたのか? クリスタルに?」
「残念だったね。お前は、思い上がっていたんだよ」
「だが、私がいなければ、トゥー・リアは復活しないはずだ。神の扉を開くには、私の存在が必要なのだ」
「さて、それを思い上がりというのだよ」
 エルドナーシュはけらけらと笑った。嘲笑が天輪の場にこだました。私はぞっとした。瀕死の状態の兄に対して、なぜこのような冷たい仕打ちができるのだろう。
「クリサリスの制御なら大丈夫さ。さあ、舞台の準備だ……連れておいで」
 最後の言葉は、クリスタルの戦士に言ったのだった。ガルカの戦士が、通路を進んでくる……その傍らには、ドレスを着た女性が、ガルカに支えられている。
 瀕死のアルドが、我を忘れて絶叫し始めた。
「フェレーナ! 大丈夫か、フェレーナ!」


 女性はまさしく、アルドの妹のフェレーナだった。だが、足取りがふらふらとおぼつかない。夢遊病者のように、ぼんやりと進んでいる。心ここにあらず、といった態である。
 彼女はエルドナーシュの傍らに立った。
「拾いものだったよ、この娘は。ただの人間風情が、非常に優れた共鳴能力を持っていたんだからね」
「フェレーナ、フェレーナ! くそ、やはりお前たちか!」
「うるさいなお前は」
 エルドナーシュは眉をしかめて、
「ぼくがこいつに何かするわけがないだろう。クリサリスのノイズを飛ばすために、役立ってもらわないといけないんだからね」
「ど、どういうことだ……?」とカムラナート。
「こうさ」
 エルドナーシュが、指をぱちんと鳴らした。フェレーナが進み出てきたのとは違う通路から、タルタルほどの大きさのある黒い塊が、ふよふよと浮きながら近づいてきた。塊の下部からは、紫色の、闇の煙が尾を引いている。私は目を凝らして、どうやら物体には角があるようだ、と気づき――アッと声をあげた。私は見覚えがある……彼と戦ったことすらある……。

 塊は、闇の王の首なのだった。完全に生気を失っている。それもそのはず、闇の王と、かつて闇の王だった人物は、ともに死んだはずだった。なぜこの首級がここにあるのだろうか?

「畜生め!」
 ザイドが憎悪の声をあげた。

「神の扉に通じる鍵は、こいつに邪魔されていたんだよ」
 エルドナーシュは言った。
「闇の王……もとガルカの語り部だった、ラオグリムにね。トゥー・リアの解放には、クリサリスの稼動がどうしても必要だった。なのにこいつの思念が、いつまでもノイズとして張り付いているじゃないか。おそらく、秘石調査隊として、奴がクリスタルに接触したときに起こったんだろう。そのおかげでぼくたちが目覚めたわけだから、感謝はするべきなんだろうが、いつまでもまとわりつかれるのは迷惑だし、正直邪魔だったんだよね。
 ところが、おあつらえ向きにいいことが起こったんだよ。そこにいるガルカの兄さんたちが、闇の王となったラオグリムを退治してくれた。奴の魂が解放されることによって、ノイズが消滅した。あとはこのクリサリスに、生命を与えるだけだったんだ」

 私は思い出した。そういえばエルドナーシュは、ズヴァール城の天守閣で、ノイズが消えたという話をしていたことを(その330参照)。

「クリサリスの稼動には、私がいなければ――な? そうだろう、エルドナーシュ」 
「ところが、違うのさ」
 エルドナーシュはニヤニヤと笑った。
「ぼくがこの首をどうすると思う?」
 足場の中央で、闇の王の首と、フェレーナが向かい合っていた。ちょうど彼らは、筒の真下にいる。
 カムラナートは呻いた。
「む、娘に共鳴させる? 闇の王の記憶を? まさか……」
「おあつらえむきに、闇の王は語り部だからね。奴は、古の種族の記憶を持っている……失われたはるか古代のね。ぼくらジラートの中ですら、伝説となっている種族のさ」

「でたらめだ! そんなものを、ラオグリムは知りはしない!」
 ザイドが叫ぶのを、エルドナーシュは冷ややかな目で見つめた。
「何も知らない馬鹿は黙っててくれないかな。ラオグリム自身も知らないだろうよ。自分たちガルカの歴史が、せいぜい600年……それが歴史のすべてだと思い上がっているくらいだからね。だが、文明というのは長いんだよ? 語り部の遺伝子には、古代の記憶が書き込まれている。遺伝子、わかるかな、イデンシ。ラオグリムが知らないのは当たり前さ。それは奴の奥、いわば意識の底の底にあるものなんだからね」

「それでは……」と、カムラナート。「それでは」
「この娘を使って、古の種族の記憶を引き出すのさ」
 エルドナーシュは言った。
「そうすれば、何もお前の力を借りることもない……ぼく一人だけでも、充分トゥー・リアを復活させられるのさ。残念だったね、カムラナート! せっかくここまで来たのに、お前の実力が至らないせいで、楽園の中に入れずに終わるなんてねえ」 

(05.08.28)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送