その393

キルトログ、カムラナートと戦う(3)

 カムラナートは立ち上がろうとしたが、出来なかった。もはや体力が残っていないばかりではない。エルドナーシュの右手から放たれた光線が、彼の身体を直撃したからである。
 カムラナートはのけぞって、苦痛の叫び声をあげた。
「さらば! カムラナート。とどめはぼくが差してやろう。クリスタルの御元へ帰るがいい」
「そんな!」
 カムラナートが叫んだ……それが彼の、この世での最後の言葉となった。
「どうして、ぼくを助けてくれないんだ、兄さん! どうして……どうして!」


 光の力を浴び続けた身体が、ちりぢりになって、蛍のように離散した。1万年の野望を抱き続けた王子、ジュノ大公として一時代を席巻したカムラナートは、完全にこの世から消滅した。

 ライオンが、声を絞り出した。
「兄……? もしかして、エルドナーシュ……。あなたが、ジラートの王子の兄の方だというの?」
「そうさ」
 エルドナーシュは、こともなげに答えた。小さな体躯は、どうみてもカムラナートより年長とは思えぬ。だが確かに彼は、ウガレピ寺院の絵画において、カムラナートを差し置いて王座に座っていたのだった(その384参照)。

「昔、クリスタルに触れた影響で、成長が止まってしまったんだ。あわれな弟の方が、身体が大きくなってしまったものだからね。表向きはあいつを兄にして、大公職を任せていたわけさ。
 だが、そういう小細工も必要ないだろうね。弟は死んだんだし、ジュノ国民に取り繕う必要も、近いうちになくなるはずだからね」 

 彼はにたりと笑い、斜め後ろに下がった。フェレーナと闇の王が向かい合っていた。彼女は目を閉じているが、身体が小刻みに震えている。やがて全身が、遠くから見ていてもわかるくらいに、がくがくと痙攣を始めた。彼女は意識を失っているはずなのに、小梅のような唇から、「あ あ あ あ」と苦しそうな声が漏れ聞こえている。
「おお……共鳴している。いいぞ、闇の王の記憶を、もっと吸い出すんだ」
「フェレーナ、フェレーナ!!」


 アルドの叫び声が、轟音にかき消された。
 フェレーナと闇の王の首から、光が吹き出てきて、彼らを包んだ。その光が足場に吸い込まれて、クリサリスの中心へ流入した。どんという大地を揺るがす響きとともに、一筋の、しかし強力な光の筋が、足場から筒に向かって立ち上り、巨大な光の砲弾となって、天空へ向けまっすぐに解き放たれた。

 雲の間から響いてきた、天地の砕けるような音!

「おおおお!」エルドナーシュが感嘆した。
「見ろ、神の扉トゥー・リアの復活だ!」
「フェレーナ!!」
 彼女の痙攣は限界に達していた。彼女はもう立ち上がることすらままならなくなって、背中を弓のように折り曲げて、足場に崩れ落ちている。
「さっきから、本当にうるさいな」
 エルドナーシュは舌打ちをして、
「そんなにこいつが大切なら、返してやるよ。そら」

 エルドナーシュは唐突に、フェレーナを宙空に突き飛ばした。意識の朦朧としている彼女は、あらがうことも出来ず、まっ逆さまに落下した。アルドは立ち上がり、落下地点へ走った。驚異的な速さ! 彼がそこへ到達したとき、ごき、という鈍い音がした。フェレーナは地面に叩きつけられたのか? ここから見ている限りでは、アルドが懸命に彼女を抱き取ったように思ったのだが……。
 いずれにせよアルドは、彼女の頭を抱きかかえて、懸命に声をかけていた。
「フェレーナ、フェレーナ! しっかりするんだ、フェレーナ!」

「お前たちも、神の扉を潜りたくはないかい?」
 エルドナーシュが微笑を浮かべたが、帰ってくるのは憎悪の視線だけだった。ライオン、ザイド、そして私たち。「は!」とエルドナーシュははき捨てた。
「お前たち人間に、幸せを与えてやれるというのに。つくづくお前たちは愚か者なんだね。
 もし神の救いが欲しかったら、トゥー・リアにおいで。もっとも、クリスタルに存在を認められる必要があるけど。出来るもんなら、ロ・メーヴで光の洗礼を受けるんだね。出来るもんならね」

「勝手なことを……」
 ザイドがののしり、傍らの扉へ飛び込んだ。どうやらもう一度2階に上がって、エルドナーシュと対決しようと思ったらしい。

「おお、こわいこわい」
 エルドナーシュは笑った。その身体を守るように、クリスタルの戦士が彼を取り囲んだ。
「それじゃあ、退散するとしようかな。ぼくは一足先に、トゥー・リアでお前たちを待っているよ。期待を裏切らないでくれよ? 計画がうまくいくのはわかりきってるけど、あんまりスムーズにいったんじゃあ、こっちも退屈だからねえ」

 彼らの姿が、眩い光に包まれた。ザイドが二階に到着した。だが彼が、白色光に目を射抜かれ、右手で顔を覆っているうち、光は空に吸い込まれるように消えてしまい、跡形もなくなってしまった。敵の姿は、影も形も残っていなかった。

「くそう!」とザイドが地団駄を踏んだ。

「エルドナーシュを止めなければ……世界は大変なことになってしまう」
 私の傍らで、ライオンが囁いた。アルドは妹を抱いたまますすり泣いている。
「ねえそうでしょう、Kiltrog」

 私は頷いた。皆まで言う必要はない。結局は誰かが、ジラートの長兄を倒さなくてはならないのだ。


(05.09.04)
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