その403

キルトログ、演説をする(1)

「俺たちは、女神アルタナを敵に回してるんだよ」

 アルドの言葉が、鋭利な刃物のようになって、私の心臓を刺した。クリスタルの戦士に負わされた胸の傷が、ずきりと痛んだ。

「それでも、あんたは空へ行くのかね?」
 私は即答した。
「行く」
「何で!」
「アルド。私は、選ばれた存在であったことなど……」
 ゆっくりと目を瞑った。
「かつて一度もなかった。ただの一度もだ」
「……」
「そしておそらく、これからもないだろう」


「数十年前。クリスタル戦争が起こるよりも、ずっと昔の話」
「何だ、昔話かい」
「まあ聞け。私は世界のある場所に生まれた。しかしゆえあって社会から遠く離れ、ウィンダスとも、バストゥークとも、サンドリアとも、縁遠い暮らしを送ってきた」
「辺境の生まれってことかね」
 私は、彼の間違いを訂正しなかった。

「あるとき、私は冒険心にかられ、小銭だけを持って、育った場所を飛び出した。各地を放浪し、タルタルとミスラの国があると聞き、ようやくウィンダスにたどりついて、同連邦の世話になることになった。
 自分の出自から、バストゥークに想いを馳せることもあったが、同国は決してガルカの楽園ではなかった。いつしか私の中では、ゼプウェル島が憧憬の対象になっていった。私も転生以前には、アルテパ砂漠に暮らしていたこともあったはずだ。同地は、真の意味での“故郷”であって、いやしくもガルカであるならば、特別な意味を持つ場所だろう。
 だが、アルテパ砂漠の砂は、私に何の懐かしい感情も、もたらすことがなかった。ガルカの中には、前世の記憶を、時代を貫いて受け継ぐ者がいる。“語り部”と呼ばれる存在だ。もちろん、私は語り部ではない。しかし、かつて暮らしていた場所に戻れば、何か前世の記憶が、身体の底から、私に語りかけてくるのではないか、という淡い期待があった。それは無残に打ち砕かれた。結局のところ、私はつまらない、単なるひとりのガルカに過ぎなかったのだ。それまでの私は、心のどこかで信じていた。自分は、絶対主の恩恵を受けた存在であり――ラオグリムに並ぶとは言わずとも――何か特殊な力を持った、役割を与えられた人間である、ということを」

「思い知ったってわけかい。自分の……卑小さを?」
 私は頷いた。
「だが、選ばれることなど、本当は重要ではないのだ。問題は、自ら選ぶ意志なのだよ。アルド」
「選ぶ?」

「冒険者という存在が、ヴァナ・ディールに出現して久しい」
 私はアルドを見つめたが、彼の表情は石のように動かなかった。

「私は、身ひとつで放浪し、ウィンダスを祖国に選んだ。数限りない危険に見舞われるたび、私は自分で選び、窮地を切り抜けてきた。判断するということ、決断するということの尊さが、今の私を支えている……。これが冒険者の生き方だ。私の人生は、そのほんの一例にすぎない」

「選択なら、誰だってするさ」

「多かれ少なかれ、そうだろう。だが我々はやはり特殊なのだ。自由であるために、ありとあらゆるものを――家族、恋人、宗教、過去の名前を、何もかもを捨てた。すべてのしがらみから解き放たれて、我々は生まれ変わった。“自由”とは、人生を選択する権利のことだ。人が、自分の意志に従って生きることを決め、そのために何もかもを失ってもよいと考えたとき、ヴァナ・ディールに新しい社会層――冒険者という存在が生まれたのだ」
「……」
「だが、我々には限界がある」


 喉が乾いていた。私は部屋の隅へ歩き、アルドの了承も得ず、甕の水を一息にあおった。
「この扉を、一歩外へ出れば」
 私は、部屋の入り口を指差した。

「往来には冒険者が溢れかえっている。ヴァナ・ディールの人口の、無視できない割合を、我々は占めている。果たして全部でどのくらいいるのだか、当事者である私にも、まったく見当がつかない。
 彼らはコンクエスト政策に従い、三国のいずれかに所属している。ジュノを歩いているという事実が、その実力を証明している。おそらく本国に帰れば、ひとりひとりが名だたる勇者であり、人々に噂される存在だろう。いわば冒険者とは――程度の違いこそあれ――そのほとんどすべてが、英雄であると言っても過言ではないわけだ。
 だが、それは真実なのだろうか? 
 サンドリア建国の主『鉄血王』ランフォル。バストゥーク初代大統領『鉄腕』マイヤー。生まれついての獣使いルンゴ・ナンゴ。最後の竜騎士エルパラシオン。第二次コンシュ大戦を勝利に導いたシュルツ。召喚魔法の天才カラハ・バルハ。語り部ラオグリム。ミスラの族長ペリィ・ヴァシャイ。
 歴史に名だたる英雄は数多いが……果たして我々のすべてが、彼らに匹敵し、肩を並べる存在だとでも?」

 アルドが、ゆっくりと言った。
「そんなことは……とても、信じられない」  

「その通り。ヴァナ・ディール史に輝く英雄たちは、社会の下部構造を大きく揺り動かした。存在そのものが世界の一部だった。我々はそうではない。自由を手に入れるために、ヴァナ・ディールから距離を置いてしまった。社会から浮遊してしまった冒険者に、世界を変えることは出来ないのだ。

 アルド、君は闇の王を誰が倒したか知っているだろうか? 冒険者――としてしか聞くまい。それが答えだよ。我々は選ばれた存在ではない。冒険者という生き方を、自分で選んでしまったがために、アルタナに選ばれる権利を、永遠に無くしてしまったのだ」


(05.10.16)
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