その404

キルトログ、演説をする(2)

「自ら選んでしまったがために、アルタナには選ばれぬ、というのだな」

 アルドは落ち着いていた。物憂げな声のトーンからは、賛同の興奮も、非難の色も伺うことが出来なかった。

「そしてあんたは、トゥー・リアへ行くことを選んだ」
「うむ」
「他人に任せる気はない? あんたの言葉を借りて言えば、他の、あんた同様、数多くの選ばれなかった英雄たちに」
「アルド、私は」
 言葉を継いだ。

「数ヶ月前の話だが、まったく偶然ながら、ある土地へ迷い込み、悲惨な事実を目撃することになった。
 タブナジアという土地を知っているだろうか?」
 アルドの眉が、ぴくりと動いた――気がした。
「私は、亡国の末裔に会うことが出来た」
 努めて、淡々と話した。

「新しい時代の活気に満ちた、ヴァナ・ディールに暮らす人間であるならば、クリスタル戦争の爪あとを実感することはあるまい。戦後に生まれた子供が――むろん、ガルカを除いてだが――成人を迎える歳月だ。かつて世界を襲った闇の王の脅威は、23年を経、記憶の彼方に去りつつある。貧困と絶望は昔話となった。誰もが、かつてあった悪夢のことを語らなくなった。大地を覆った悲しみが、復興に対する希望に取って代わられたからだ。

 我々は「戦争」が、どういうものかすら忘れていた。

 しかし、タブナジアは違ったのだ。彼らは街を離れ、賢明な枢機卿の導きにより、地下壕へ逃げ込み、コミュニティを築いて暮らした。彼らも希望を持っていた。いつか候都を奪還し、紅の旗をひるがえす夢を。そこは、地下壕とはいえ、ただの穴ぐらとは思えぬほど快適な場所だった。むろん、彼らの希望がそうさせたのだが、かつての栄華は見る影もない。おそらく現実的に考えて、タブナジア侯国が地上に復活する日は、永久に来ることがないだろう」

「タブナジア侯国……」
 アルドがぼそりと呟いた。
「懐かしい名前だ。タブナジア……」

「新タブナジアは、希望に満ちた名前とは裏腹に、陰鬱な場所だった」

 私は思い描いた。記憶喪失の男。親友を失った女。娘を亡くした夫婦。かつての栄華にすがりつく騎士。絶望に打ちひしがれた老人。

「悲しみが、地下壕を覆っていた。戦争で失った、愛しいひとたちの記憶が、彼らの中に生々しく生きていた。彼らは悲しみを捨て、希望を抱こうともがき、苦しみ、23年の歳月を過ごしてきた。わかるだろうか? アルド。タブナジアにおいては、まだクリスタル戦争が終わっていなかったのだ。
 これが、ヴァナ・ディール全土で起こったとしたら?
 本来なら、1万年前にそうなっていたかもしれないのだ」

 アルドが、目頭を押さえながら、ゆっくりと顔を落とした。

「ジラートの夢が、いま現実になろうとしている」
 私は天をまっすぐに指差した。
 
「奴らはすでにトゥー・リアへ行ってしまった。神の国の復活は間近だ。世界は滅亡する……少なくとも、我々が思い描くヴァナ・ディールは。人類が、ひとり残らず滅ぶことはないかもしれない。だがそれでも、悲しみが世界を覆うのには変わりがない。我々は断固として、奴らの野望を阻止しなくてはならない。ヴァナ・ディールを再び、暗黒の時代に戻さないために。
 なるほど、君が言うように、それは困難かもしれぬ。
 アルタナはジラートの味方かもしれぬ。
 クリスタルの戦士は、とうてい我々の実力の及ばぬ敵かもしれぬ。
 ジラートの、1万年の夢を前にすれば、たかだかひとりの冒険者の覚悟など、虫けらのようなものに過ぎないかもしれぬ。
 だが……」

 私は目を閉じて、深呼吸をひとつした。

「小さな意志が、世界を動かすこともある。雨だれが石を穿つように、1万年の野望に、亀裂を入れることが出来るかもしれぬ。
 君と私が、上層で目撃した奇跡……フィックが教えてくれたのは、そういうことではなかったか」

 アルドが小声で呟いた。
「フィックが……?」

「ひとりのゴブリンの意志が、人類と獣人の壁に、くさびを入れた。それは、彼が育てた種のように、まだ芽を出したに過ぎない。しかし彼の意志は、これからのジュノを変えるかもしれぬ。ヴァナ・ディールを変えるかもしれぬ。
 私は、私の意志において、トゥー・リアへ行く。エルドナーシュと、クリスタルの戦士を倒す。1万年の野望にくさびを打ち込んで、ヴァナ・ディールを、大切な人たちを救う。たとえ、奴らと刺し違えることになろうとも、一度は捨てた命、今さら何ひとつ失うものはない」


 私は、長い長い話を終えた。立ったまま、じっとアルドの目を見つめた。
 彼の視線は、まっすぐ私を射抜いていた。
「あんたの意志には、よくわかった。だが、話には矛盾がある」
「矛盾?」


「アルタナに選ばれるかどうかなど、関係ないとあんたは言ったな。ジラートの野望の重み、ミッションの困難さ、そういうものに関係なく、あんたは自分の意志で、奴らを倒すと誓った。なるほどその思いに偽りはないだろう。だがあんたは、根本的なところで、まだ吹っ切れていないと俺には感じられるんだ。
 もしあんたが、本当に、アルタナの意志を無視しているのなら、絶対主が自分に味方しているなどと思うはずはないんだ。ましてや、それに勇気づけられるなどとは……。
 神の意志を運命と呼ぶなら、あんたの意志はその対極にある。本当に奴らを倒そうと思っているなら、しかるべき答えに向かっているなどという考えは捨てることだな。そういう発想をしているということ自体が、あんたが弱い、頼りない存在であるってことの証拠さ」

「そうだ」
 ぐうの音も出なかった。
「アルド。確かにそれは、君の言う通りだ……」


 アルドが高らかに両手を打ち鳴らした。私は驚いて顔を上げた。入り口の扉が開いて、ベレー帽を被ったタルタルが顔を出した。フェレーナには近づくなと言って、いつか私を脅迫したアルドの腹心である(その144参照)。
「へいっ、ボス。何の用事でしょう」

「旅の支度をしておけ」

「は?」
 タルタルがぽかんと口を開けた。
「どこかへお出かけになるので?」

「そうだ。食料は、そうだな……現地で食いものが手に入るかどうかはわからないが、まあ2週間もみておけばいいだろう。
 わかったら、さっさと支度に取りかかれ。何をにやにやしているんだ、お前」
「いや、あの、その」
 タルタルは嬉しそうに、両手を擦り合わせた。
「近ごろその……めっきりお元気のない様子だったもんで。旅に出られるなんて……へへ。買出しですか?」
「くだらんことを聞いてるんじゃねえ。20分で、武器と装備を揃えろ。足りないものがあったらただじゃおかねえ、いいか」
「了解! それでこそ、俺たちのボスだあ」

 タルタルが出て行った。扉の向こうで、彼が楽しそうに笑うのが聞こえた。私はアルドを見つめた。顔にはこころなしか血色が戻り、淀んでいた瞳にも、力強い輝きがみなぎっている。
「俺も、トゥー・リアに行かせてもらうぜ」

「アルド、君は……」
 彼は片手を上げて、私を遮った。

「悪いが、あんただけには任せられねえ。そんな頼りない話を聞いた後じゃな。非力っていう点じゃ、俺もライオンもザイドも大して変わらねえが……あんたの言う意志とか、覚悟って言葉が肝になるなら、少なくとも今の俺は、何かの役に立てるかもしれないな。
 それにしても、意志を通すのが冒険者の特権だと? いったい、誰の前でそれを言ってるんだ? 俺は天晶堂のアルドだぞ! あんたに見せてやるよ、俺の覚悟と意志を。ジラートどもにもな……。このままじゃ終わらせねえ。俺が本気を出したらどうなるか、奴らにたっぷり思い知らせてやる」


(05.10.16)
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