その413 キルトログ、最後の試練を受ける(4) 次の瞬間、私は防戦一方に追い込まれていた。敵がマイティストライクを使って、容赦なく殴りかかってきたからである。 敵の攻撃は強力だった。瀕死状態とはとても思われぬ。私は絶望の念にとらわれたが、何とか踏みとどまった。ハイポーションを喉に通したとき、氷のように冷静になった。嵐のような30秒をどうしのぐか? コロッサルアクスは防御の役に立たない。これはレイジングラッシュの一人連携用であって、イカロスウィングの副作用が続いている今、両手斧にしがみついている意味はない。そう思って荷物袋をさぐったら、たまたまダークバックラーが手に触れた。神の助けと盾を取り出し、前面にかざした。これにはRagnarokの銘が入っている。だとしたら助けてくれたのは、暁の女神アルタナではなく、他でもない私の友人たちだったのかもしれぬ。 頭の中に、ひとつのアイデアがあった。賭けだった。盾の背後に、不慣れに身体を縮めながら、もうひとつの得物を取り出した。私は耐えた。30秒が過ぎたが、私は何とか生きていた。虎視眈々と反撃の機会をうかがい、TPが100に達した瞬間、ディフェンダーを切り、全力で片手斧で打ってかかった。 「ランページ!」 片手なだけに不慣れで、バーサクも、ウォークライも、マイティストライクの効果もない。斧は確実に敵の身体を捉え、一度、二度、三度、四度、五度、彼を打ち据えたが、いずれの手ごたえも中途半端で弱々しいものだった。 私が続く攻撃のために斧を振り上げたとき、 「待て」 突然マートが言い、どっかりと地面にあぐらをかいた。 「参った。ここまでだ。お前さんの強さ、しかと見せてもらったぞ」 ハイポーションを飲みながら彼の降参を聞いた。そのとき腰の袋には、あと一服の薬しか残ってはいなかった。 モグハウスに手紙が届いていた。差出人はLeeshaだった。開いてみたら、文字はひとつもなく、涙を流した顔がひとつ書かれているだけだった。彼女は何日か前、マートに二度目の挑戦をして、惜しくも時間切れで失格となっていた。決死の覚悟で三度目に臨んだはずだが、手紙を見る限りでは、また合格を逃したようだ。愛すべき妻のために、再度書類を取って来なければならない。とはいえ私も疲れていた。鎧も脱がず寝床に倒れ込み、とにかく今は眠って、無事朝を迎えられたら、マートをもう一度訪ねてみよう、とぼんやり考えた。 翌朝、体力を取り戻した私は、大公邸の庭でマートに会った。彼は体操をしていた。つい昨日、死闘を繰り広げたとはとても考えられぬ。笑い声は快活であるし、動作のひとつひとつがきびきびしていて、少なくとも見かけ上は、全くいつもの健康ぶりを保っているように思われた。 彼は私を見とめると――意外ではあるが――少し不機嫌そうな顔をした。 「お前さんに教えることはもう何もないぞ」 彼の言葉に取り合わず、私は頭を下げた。 「先日のお礼に参りました」 「そんなものはよいのだ。わしは忙しいのよ。ひまなふうに見えても、教え子が大勢いるからな。そいつらが来たらまた一仕事だ。それに、そろそろモンブローも往診に来る時間だしの」 「どこかお身体が?」 モーグリがクポーと鳴いた。聞くだけ野暮だったようだ。一晩寝たらたいていの傷は治ってしまうくちらしい。冒険者がそうであるように。 「構わんというのに、あいつが勝手に来るのよ」 いかにもモンブローらしい話だ、と私は思った。 「確かに、わしも老いぼれたがの」 「老師はまだまだお元気ですよ」 「気休めを言うな。わしが全盛期の力を出したら、悪いがの、お前さんに遅れを取ることはない」 私は無言で同意を示した。 「とはいえ、自信を持っていいぞ」 機嫌を直したのか、マートはにっこりと笑った。 「お前さんは最後の試験に合格した。鍛錬を続ければ、最後のひと伸びがあるだろう。かつてのわしのようにの」 「はい」 「もっとも、先生ぶったところで、もしかしたらお前さんの方が年長かもしれんのだがの。何しろそっちはガルカだからな……ほほ」 「老師はおいくつなんですか?」 マートは答えなかった。南から冷たい風が吹いてきた。かすかな潮の匂いを感じ、ジュノが臨海領であることをぼんやり思い出した。海峡の上に築かれた、新しい陸地、そういう国土のいきさつは、どことなくトゥー・リアを連想させるものがある。 「昔、ジュノはのどかな漁村だったのだよ」 マートはやわらかい声で言った。 「人口が100人にも足りぬ集落での。貧しかったが、気のいい村人が多くて、笑い声が絶えなかった。当時からすると、今の盛況は考えられぬよ。バタリアやソロムグは危険で、大陸を渡る者はぜんぜん少なかったし、定期的に寄る者があるとすれば、バストア海を巡る船の船長くらいだった」 「船長?」 「腕っぷしの強い男での。集落と、そこに住む人々を大変に愛しておった」 彼は遠い目で風上を見つめた。 「あの日、彼がふたりを連れ帰らねばの。この国の、いや、ヴァナ・ディールの歴史は変わっていたと思うが……」 どういうことです、と私は尋ねた。 「ある夜、大きな時化があった。彼が苦労して船をあやつり、集落に向かっているとき、偶然波間に漂っている、ふたりのヒュームの男を見つけたのじゃ。 彼らは若かった。ひとりは成人したて、もうひとりはまだ幼い少年だった。血がつながっているらしく、ふたりとも美しい金髪で、陶器のような滑らかな肌を持っていた。船長はふたりを助けあげ、集落で介抱をした。おかげで助かったが、彼らがどこの出身なのか、何という船に乗って難破したのかは、結局わからなかった。というのも、彼らが集落に落ち着き、人々の尊敬を集めだしてからも、決して自分たちの出自を語ろうとはしなかったからじゃ。 そう、彼らは人心を掌握した。言葉は悪いが、魔物のように人をひきつける力があった。彼らは富を手に入れる無数のアイデアを持ち、次々にそれを実現していった。夢のような話じゃ……いったい、誰が信じる? 寂れた漁村が、たちまちのうちに人口を集めていき、最先端の科学技術を手に入れ、わずか数十年で国家を築き、世界の中心国にまで育とうとは! 昨日、小さな漁船の泊まった港に、今日飛空挺が着水する……言うならば、そういう変化じゃった。ヴァナ・ディール中の富が流入し、人々は裕福になった。だがそこはすでに、船長の愛するジュノではなくなっていたんじゃな。 ジュノが豊かになっていくのを、彼が喜ばなかったわけじゃない。しかし変化はあまりに早く、戸惑いを抑えられなかった。それをもたらした二人組に、ひそかな不信感を抱くようになった。村人へ忠告はしたのじゃよ。だが誰も、船長の言葉には耳を貸さなかった。もはや彼ひとりが何をしても、回りだした歯車を止めることは出来なかったのじゃ」 (私たちクリューの民と、暁の巫女たちは、神の扉計画に強く反対した) グラビトン・ベリサーチの言葉を思い出した。 (しかし私たちの意見は、熱に浮かされたジラートの声にかき消された……) 「何とかして止めようとはしなかったのですか」 私は尋ねた。「その……船長は」 クリスタルラインの爆発。 「なあ、ものごとには勢いというものが、流れというものがある。時代の趨勢に抗うことは出来ない。無理をすれば大きな犠牲を出さずには済まん。もちろんそんなことは、彼の本意ではなかった。ではどうするか? 彼の自由になるものがたったひとつだけあった。 すなわち……己の肉体じゃ。 彼はひたすら、自分自身を鍛え、強くしようとした。船をおり、第二の人生を、強さの探求に費やした。武器防具に精通し、格闘技を身につけ、白魔法、黒魔法、歌、弓術、盗みの技術を学び、騎士の防御術、竜を含む生き物の操作術、東洋の武術忍術――挙句の果てには、禁忌であった召喚魔法にすら手を出して、ありとあらゆる戦闘術を習得し、達人と呼ばれる男になった。 もしかしたら、それは逃避だったのかもしれん。彼は自分を鍛えずにはおれなかったが、そもそもは、己が無力だと感じたからなのじゃ。長い長い修行が終わり、高みに立ったとき、得たものは確実にあった。しかし、すべては手遅れじゃった。彼は老いていた。そして、彼の愛したジュノも、彼が愛したままのジュノではとうになくなっていた。 彼は、自分の得たものを、次の世代へ継承させることにした。時の流れの中でもがく者たちに、勇気と牙を与えるために。彼はいつだって、自分が出来ることしかやらなかった。だが、もう少し頭が回ったなら、結果は違っていたのかもしれんの……ほほほ。不器用な話じゃて……」 石畳を踏む靴音が聞こえて、私は振り返った。痩身のエルヴァーンが近づいてくるところだった。 「おはようございます、マートさん」 モンブローはにこやかに手を振った。 「身体の調子はいかがですか」 「言われるまでもない、ピンピンしておるわい」 マートは笑いながら、肩をぐるぐると回してみせた。 「お前さんも毎回、ここに来るだけ無駄足じゃの。ほほ」 「無駄足であるのが何よりなんです」 モンブローはにっこりと笑った。 「医者と坊主の出番は少ない方がいい。そうでしょう」 「ねえマートさん」 「うむ?」 「船長さんは、いったい何を守りたかったのでしょうか?」 医師は話を聞いていたようだった。しかしマートはうろたえなかった。うむ、と唸ってあごひげを握り、真剣な面持ちでうつむいた。 「それはそれとして……ときにお前さんは、何が目的で医者をやっているんじゃ?」 「お金のためではありませんよ」 モンブローはぴしゃりと言った。 「そうですね……私の場合は、おそらく……みんなに笑顔でいて欲しいってことですね。富める者だけでなく、貧しい者も、病の者も、怪我をした者も、老いも若きも。みんな平等にです」 「きっと、彼も同じ気持ちだったんじゃろう」 「なるほど……そうなのかもしれませんね」 モンブローは去って行った。マートは彼の背中に向かって、「ウォルフガングを頼むぞ!」と声をかけた。医師がちらとこちらを振り返ったが、逆光に邪魔をされて、表情までを伺うことは出来なかった。 医師が見えなくなってから、私はマートに声をかけた。 「老師が、なぜ我々を導いて下さるか、初めてわかったように思います」 「導くなどと」 彼は吐き捨てて、 「わしがしているのは、ささやかな手助けに過ぎん。結局殻をやぶるのは、雛自身のくちばしよ。Kiltrogよう頑張ったの」 「ありがとうございました」 「対戦相手が欲しいときは、いつでもおいで。そのときは、必ず証を持ってくるようにな。お前さんとの試合は面白かったが、お前さんだけ特別あつかいというわけにはいかんからのう」 私はきびすを返し、宮殿のところまで戻った。遠くから深々と一礼をした。私は知っている。ちっぽけだが強い意志が、世界を変えることがあることを。彼自身はそれを果たせなかったが、その不器用な意志は、彼の弟子たちへと受け継がれた。無数の、星の輝きを手にした勇者たちへと。 我々は刺客となって、クリスタルの戦士に挑む。決戦の日は近い。 (05.12.14) |
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