その415

キルトログ、内なる怯懦と戦う

 ガルカのRuellは熟達の冒険者である。積み重ねた経験の量と質が、私とは全然違う。Leeshaもそれは認めていて、折りにふれて彼のことを「せんせー」と呼んだりする。大柄な身体、禿頭に黒髭のいかつい風貌は、どことなくダイドッグを連想させるものがある。

 そのRuellの情報によれば、クリスタルの戦士ども――あるいはアーク・ガーディアン、アーク・エンジェル――は、それぞれがラ・ロフの劇場と呼ばれる場所にとどまり、トゥー・リアの五方を守護しているという。これは大変都合がよい。いずれもが一騎当千のつわもの、出来るならひとりひとり片付けた方がよい。アーク・エンジェルどものうち、タルタル型が最も弱くて戦いやすいそうだ。まずはこれを狙う。次にミスラ型、ヒューム型、と順繰りに倒していく。そして最後に、魔王子エルドナーシュにとどめを刺すのである。

 私が入念に計画を練ったのは、やはりタルタルとの戦いだ。初戦はしばしばいくさの趨勢を決める。最もくみしやすい相手に苦戦するようならば、全体の士気に大きく影響する。心強いことに、Ruellには気負った様子がなく、「大丈夫大丈夫」と勝利を請け負う。もとより私も負けるつもりで来てはいないが、得物を握る手に力が篭るのを抑えることが出来ない。

 装置を使ってワープすること数度。二本の柱に支えられた、大きな張り出し屋根を見つけた。その下に、人ひとりやっと通れる程度の小さな扉がある。どこにも取っ手は見あたらないが、トゥー・リアの入り口同様の仕掛けで、近づいただけで本体がすっと消え去る。何だかこちらの襲撃が読まれていて、おびき寄せられているかのような怖さを感じる。

 扉の中は広間になっており、中央に魔法陣がひとつあるばかりだ。我々がバーニングサークルと呼んでいるものだが、彩るのは炎ではなく、神秘的なクリスタルの紫の輝きである。



 戦いに挑む6人を決めた。後衛は3人しかおらぬから、半分は自然に決まる。白魔道士のLeesha、黒魔道士のUrizane、赤魔道士のSteelbearを固定とする。盾役はナイトのParsia。アタッカーの一人に私が入り、もう一人にモンクのLandsendを迎える。彼はタルタルであるから、古代タルタルと現代タルタルの勝負が実現するわけだ。
「タルタルは怯懦だけれど、モンクには関係ないよ!」
 Landsendは居眠りを始めた。首にはオポオポネックレスが下がっている。緊張感のない光景に見えるが、彼の並々ならぬやる気が伝わってくるようだ。

 我々は魔法陣の中に踏み込んだ。目の前に通路が続いている。そちらを辿っていくと、眼下に円形の闘技場が広がっていた。堀から青白い光が吹き上がっている。中央に浮かんでいる黒い影は、にっくきアークエンジェルTTのそれだ。黒いとんがり帽子、闇色のローブを身にまとい、身の丈に余る巨大な鎌を掲げている。以前、奴の雷撃に不覚をとったことがある(その330参照)。この戦いは、古代人との戦いの、5分の1――否、6分の1幕に過ぎないが、別の見方をすれば、私のささやかな復讐戦とも言えるわけだ。

 Parsiaが中央に駆け出していき、すかさず敵を挑発した。アークエンジェルは驚いた様子もない。奴らに心があるものか、と冷笑したとき、奴は人形のような顔をゆがめ、きりきりと軋る声でこう言った。

「内なる怯懦が、お前たちを押しつぶす……」

 上等! Ruellから授かった斧を抜き放つ。勢いよく駆け寄ったその瞬間、TTの姿がふっとかき消える。テレポートだ。奴は左手の随分と離れた位置に出現したが、そちらには既にLandsendが張っており、拳を叩き込む瞬間を今か今かと待ちわびている。



「夢想阿修羅拳!」

 準備の整っていたLandsendは、渾身の力を込めて敵を叩いた。十発、百発、千発もの拳がTTを襲う。同じ容姿の相手に躊躇するどころか、全く手加減なしにウェポンスキルをぶつけたのだ。だがTTはひるまず、まがまがしい得物で斬りつけようとする。Parsiaの再度の挑発。TTは彼女に向き直り、刃を思い切り振り下ろす。TTはバイオで彼女の体力を削り、再びテレポートを駆使して、今度は私のすぐ近くに現れた。奴は攻撃とともに移動を繰り返す。さすがはクリスタルの戦士、桁外れの俊敏さである。

 だが、奴の癖は既知のものであった。神出鬼没のTTを足で追いかけても、ちまちまとしかダメージを与えられない。そこで、闘技場を半分に割り、右側に奴が出現すれば私が、左側ならLandsendが、すかさず駆け寄って攻撃する作戦を立てた。盾役のParsiaは中央から動かず、近くに移動してきたときのみ敵を斬りつける。ナイトが常にターゲットとなっていれば、アタッカーのエリアのケアは3分の1で済む。

 私は斧で相手を殴りつけた。確かな手ごたえがあった。TTが鎌を振り上げる。アモンドライブ! それはParsiaに行った。彼女の身体がたちまち石化するが、Leeshaがすかさずストナをかけて身体の異常をなおす。TTはまたテレポートし、Landsendと派手な一騎打ちを始める。Steelbearのパライズで麻痺を繰り返すが、体力の削れている様子はない。我慢比べだ。

 TTは魔法の名手で、かつ両手鎌の使い手である。黒魔道士と暗黒騎士、同時にふたつの能力を持つ。我々がサポートジョブをつける場合、補助ジョブの能力は半減するものだが、アークエンジェルは双方を高いレベルに保っている。人類には真似が出来ぬ能力だ。おお、それでこそ伝説の戦士!

 だが、奴らは決して神ではない。

 ダメージの蓄積が、目に見えて表出し始めた。奴が劇場内を飛び回っている限り、どこへ出現したとしても、Landsendの拳と、Parsiaの剣と、私の斧から逃れることは出来ないのだ。TTは強攻策に出た。魔力の泉! 30秒の間、精神の消耗なく魔法が唱えられる。私のマイティストライク、Landsendの百烈拳に相当する、最後の切り札。それを出してくるということは、奴自身が追い詰められたことを認めた証拠である。

 ブリザド2が、勢いよくParsiaを襲った。嵐のように呪文が降って来る! 私は身を固くしたが、我らが黒魔道士――Urizaneは冷静だった。彼は落ち着いてブリザド4を唱えた。TTの魔法が木枯らしならば、Urizaneのそれは、極地を吹きすさぶ暴風だった。それは氷の刃となって、TTの皮膚を切り刻み、身体ごと吹き飛ばした。ぱりぱりと血液の凍る音が聞こえる。奴は瀕死の重傷を負い、たまらず次元の窓の中へと逃亡した。

「総攻撃!」 

 私とLandsendの間に、TTは出現した。準備は出来ていた。私は野生の雄たけびを上げて突っ込み、渾身の力を込めてランページを叩き込んだ。斧に四度、五度と叩かれ、空中で痙攣する身体。その小さな背中を、Landsendの夢想阿修羅拳が襲う。ウェポンスキルのはさみうち! いかなクリスタルの戦士とはいえ、この連続技を食らってはひとたまりもあるまい。

 それでもTTは死ななかった。天晴、クリスタルの戦士よ! 奴は鎌を一閃させ、鋭く私の肩口を斬り裂いた。ブラッドウェポンが私の体力を吸い、脱力感を覚えたが、残念ながら最後の抵抗に過ぎなかった。その程度では、とうてい形勢を逆転するには至らぬ。

 Urizaneの詠唱が終わった。奴の頭上から雷撃が落ちてきて、身体を串刺しにした。ここに至ってTTは、最大の敵が誰であるかを認識したようだ。目の前に立ちはだかる白い壁――石化して動けないナイトのParsiaを見捨て、ふらふらと後衛陣の方へ飛んでいった。両手斧を上段に構えている。いけない! 私は慌てて追いかけたが、TTとはだいぶ距離が離れてしまった。挑発をしかけてもとうてい足止めすることは出来ない。

ギロティン!」

 目にも止まらぬ鎌の多段攻撃が、Urizaneをなますのように切り刻んだ。死んでもおかしくない傷だったが、彼は持ちこたえた。石化の解けたParsiaが、挑発をこころみ、TTの注意を引き付けた。TTは再びこちらを向いたが、その一瞬が奴の命取りとなった――Urizaneにとどめを刺さなかったばかりか、詠唱の機会すら与えてしまったのだから。

 Urizaneがブリザド4を唱え終わったとき、TTは自分の運命を悟った。人形のような奴の顔に、底知れぬ怯えの表情が浮かんだ。直後、氷の刃がTTを直撃し、その恐怖の表情とともに、心の臓の鼓動でさえも凍りつかせた。

 アークエンジェルは声も立てなかった。そのまま転げ落ち、派手な音を立ててばらばらに砕け散った。


(05.12.29)
Copyright (C) 2002-2005 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送